金石範著。文藝春秋社刊。全7巻。
いよいよ最終巻です。
有媛(ユウオン)は日本へ留学します。ただそれは密航船に乗ってであり、かつて朝鮮を踏みにじった宗主国でもあるという、反日派でならす李芳根(イ=バングン)にとっては苦渋の選択でした。しかし彼は、このまま祖国に残れば最悪の場合、ゲリラに加わりかねない妹を、その才能が最も生かされるであろう音楽の道へ進ませるべく、彼女を送り出すのです。
一方、麗水(ヨス)、順天(スンチョン)の叛乱はいまだに脱北した指導者たちが戻ってこないゲリラを勇気づけますが、それは蜂起からたかだか3日ほどで鎮圧されてしまうほど呆気ないものでした。
勢いづいた政府は討伐軍を差し向け、ゲリラの殲滅に乗り出します。その背後に反共国家アメリカを控えさせた李承晩(イ=スンマン)政権は、済州島の叛乱を共産党の根城と断定し、住民にもさらなる弾圧を加えていきます。
そんななか、とうとう梁俊午(ヤン=ジュノ)が入山、李芳根はそれを止めようとしますが果たせません。さらに李芳根が旗色の悪くなってきたゲリラを全員下山させ、自分の船で日本へ逃がそうとしていることを知り、梁俊午は激しく反発します。けれど李芳根の思惑は大事な友人である梁俊午や南承之(ナム=スンジ)、康豪九(カン=モング)だけでなく、ゲリラたちをむざむざ殺させたくないという、ただそれだけの思いに突き上げられての行動だったのです。
ここで、わしの李芳根への好感度がぐぐぐ〜っと上がりまして、いままで好きなキャラといったらクールな梁俊午か、おっさんな康豪九(ちなみに頭の中での俳優さんの想定はチェ=ミンスク氏ですv)かしらねぇと思っていたのですが、ぶっちぎりました。すごく共感できるのです。
わしは元来、名誉ある死なんてものは尊ばないどころか死なせようとしている側がこじつけているだけの代物だと思ってます。生き恥をさらしても生きていてほしい。そういう精神がいつでもあります。だから李芳根の心情はすごく理解できるし共感できるのでした。
もっとも梁俊午に猛反対されただけじゃなく、ゲリラたちに投降主義だとマイナスの受け取られ方をしてしまい、南承之がそのために下山しますが、李芳根はゲリラたちを集めようとしたことはないし、これからもしないと誓ったので、ゲリラとの問題は済みます。
しかし李芳根の方が情勢をよく見ており、ゲリラたちはさらに追い詰められていきます。
話が前後しますが、有媛を密航船に乗せるべく釜山へ向かった李芳根は、柳達弦(ユ=タルヒョン)が警察に逮捕されて釈放された後、日本に脱出しようとしていることを突き止めます。それも、よりによって李芳根の船に偽名を使って乗ってきたのです。城内のゲリラの組織員たちが一斉に検挙された後ですし、柳達弦が李芳根の親戚で警察でもある鄭世容(チョン=セヨン)と密会したことも知っているため、李芳根は柳達弦が裏切り者ではないかと疑っているのです。船上で追い詰められた柳達弦は、李芳根の手ではなく、同乗していた密航者たち、主に元ゲリラたちの手によって尋問され、マストから吊られて死んでしまいます。最後まで自分の罪を認めることなく。
柳達弦が本当に裏切り者だったかどうかはわかりません。そもそも李芳根が柳達弦を疑ったのも党の幹部だという黄東成の「ユダになる」という一言のためでした。しかし、四・三蜂起の時に全島で一斉に蜂起するはずだったのが城内(ソンネ)では失敗し、以後も島全土を弾圧が吹き荒れた時も城内だけは無関係だったのも元は城内の責任者だった柳達弦の裏切りのせいかもしれず、またこの巻でとうとう城内の秘密党員だったメンバーが次々に検挙されてしまったのも柳達弦からリストが漏れてしまったせいかもしれないと状況証拠だけはあり、柳達弦は断罪され、海の藻屑と化してしまうのでした。
そして、李芳根は鄭世容と対決、それに呼応してゲリラが鄭世容を捕えます。鄭世容は警察の中堅クラスの幹部で、それほど大物ではありませんが、李芳根にとっては母方の親戚(李芳根の母と鄭世容の父が従兄弟同士)なので許し難い存在であり、その犯罪を知った時から殺意を抱いていました。
しかし、実際に鄭世容が捕まると親戚ということでその家族から救出を頼まれますが、李芳根はゲリラの幹部、康豪九に自由に連絡できるわけではない(実際、南承之と会う時も南承之が城内に来る時に限られているので)という理由で返事を曖昧にします。
やがて、ゲリラから連絡があり、李芳根は証人として鄭世容の尋問に参加、ゲリラたちが殺すというところを自ら手を下すのでした。
そのために激しい葛藤をした李芳根でしたが、結局のところ、柳達弦の言った「自分で手を下すことのない卑怯者」という汚名を晴らすべく、自ら鄭世容を射殺します。
その後、さすがのゲリラたちも自らの劣勢に気づき、康豪九が李芳根と会います。彼の要望は200人のゲリラを本土で戦う反乱軍に合流させるため、密航船に乗せてほしいというものでした。しかし、その人数の多さ、土地に不案内な本土で目的地にたどり着けるかどうかも怪しい計画を李芳根は、他の船主とともに断らなければなりませんでした。李芳根も船主たちもゲリラたちを助けたいという思いに偽りはありません。ですが、済州島を出ることさえ命がけの状況下で、200人ものゲリラを本土まで連れて行くというのは果たせるものではなかったのです。
やがて、アメリカ軍も加わった討伐軍のために年明け後、ゲリラは少数のグループに分断されて討たれていき、李芳根は南承之が捕まったことを知ります。日本に母と妹を残した南承之が、わざわざ故郷の済州島に帰り、勤めていた中学校を辞めてまでゲリラに加わったことを知って、李芳根は長いこと、南承之を尊敬していました。口には出してませんでしたが。また、李芳根にとって、南承之は大切な若い友人でもあり、妹の有媛と結びつけようとした男性でもあります。彼は大金を払って南承之を釈放させ、日本に向かう密航船に乗せるのでした。
しかし、このことは南承之の意に反することでしたが、李芳根は死なせたくないという意志を貫いて、南承之を日本に向かわせ、有媛の連絡先まで手渡します。
と同時に、李芳根は南承之と同様に救い出したいと思っていた梁俊午の死を知ります。ただし、それは戦闘によるものではなく、追い詰められ、食料が乏しくなったゲリラたちが近くの村を襲うのに反対したための処刑でした。梁俊午には、李芳根に負けず劣らずゲリラたちの劣勢は見えていたはずなのです。戦いを続けるために、一時は自分たちが守るべしとした住民の食料を奪うという暴挙が、追い詰められたゲリラたちの最後の手段だったとしても、そんなことをするぐらいならと強固に反対しただろう梁俊午。それでも、秘密党員だった彼は、組織の命令に従って入山し、命を落としたのでした。
城内の観徳亭広場にゲリラの死体が満載されていくなか、ゲリラたちは殺されていきます。ただ、ゲリラの司令官だった李成雲の死は明らかにされますが、康豪九やハルラ新聞の記者だった金東辰(キム=トンジン)、有媛の友人でソウル大の学生だった呉南柱(オ=ナムチュ)らの行方はわからないままです。
全てが終わり、訪れる平和。李家には無事に赤ん坊が生まれた後、李芳根は人を殺したという事実に我慢がならず、とうとう愛する文蘭雪(ムン=ナンソル)のもとに戻ることなく、自死という道を選んだところで幕です。
正直、李芳根の死は、ゲリラたちの壊滅による絶望から来るものだと思っていたので、鄭世容を殺したことが原因だったのは意外でした。そこまで思い詰めるくらいなら最初からゲリラの手に任せておけばよかったのにと思う反面、それでも李芳根は鄭世容に手を下さずにいられなかったのだろうとも思いました。彼は南承之や梁俊午だけじゃなく、ゲリラたちを逃がしたいと思っていたように、たぶんにゲリラたちに同情的であり、その財産のほとんど全部をゲリラたちの活動や、密航船などにつぎ込んだ感じです。だからこそ、彼はゲリラと軍が和解できた唯一の機会を率先して潰した鄭世容が許せなかったのですし、その死を夢見、何度も反復してきたのだとも思うのです。
そして李芳根にとって人を殺すか自分が殺されるか、それは二者択一であり、作中で虚無主義と呼ばれ、転向した者であり、凶暴な西北(スプク)でさえ一目置き、南朝鮮労働党のシンパでもあり、心中では友を思い、妹を案じ、父を思う、誰よりも自由な彼の信念といってもよいほどのものだったのです。
父の望みどおり、男の子が生まれ、春根(チュングン)と名づけられました。幼い弟を見ながら、李芳根は将来、弟が大きくなってから、自分は親戚の兄を殺したことを何といって説明するのだろうと考えます。
電話でしか話すことのできなくなった文蘭雪も李芳根のソウル来訪を心待ちにしています。ですが人を殺した手で彼女に触れることが李芳根には許せません。
そのうちにゲリラたちの司令官だった李成雲(イ=ソンウン)が戦死したという報せが届き、その遺骸もまた観徳亭広場にさらされたのです。
さらに父の経営する南海自動車の運転手だった朴山奉(パク=サンポン)が西北の事務所を襲撃して爆死します。
李芳根が死を選んだのは、家族以外には誰もいなくなってしまったという状況とも無縁ではなかったかもしれません。
一人、山泉洞(サンチョンダン)に登り、李芳根はピストル自殺を遂げるのでした。
こうして済州島を舞台にした大河小説は完結します。しかし、日本に逃亡した南承之を主人公に描いた「地底の太陽」という続編があるようなので、それを読んで、終わりにしようと思いました。
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