金石範著。文藝春秋社刊。全7巻。
いよいよクライマックスにさしかかってるはずなんですが、李芳根(イ=バングン)の周辺はそれどころじゃない感じです。こういう浮き世離れしたところが彼が特権階級なんだなぁと思わせるわけですが、もう5巻あたりからありありと出ているんですけど李芳根と有媛(ユウオン)の兄妹がラブラブというか、李芳根はシスコンすぎて、有媛はブラコンすぎです。これは亡き母への仕打ちによる父への反発が2人とも根底にありまして、さらに長兄(2巻で登場した畑中義雄)が日本に帰化したために次男の李芳根が家を継がなければならず、それに対する同情とか、そもそもこの2人、10歳以上年が離れているため、それもあって余計に可愛いんだろうなぁとか、いろいろと条件は揃っているわけですよ。そんな有媛が父に結婚を強制される羽目になり、その相手というのが一度、李芳根によってこっぴどく追い払われた崔龍鶴(チェ=ヨンハク)なのだから李芳根にも有媛にも歓迎すべからざる事態であるのはわかります。しかし父は有媛の留学を李芳根が勝手に進めようとしたことに完全におかんむりになっており、苦慮した兄妹は有媛にべた惚れの崔龍鶴を利用して、父によって済州島に足止めを喰らった有媛をソウルに逃がそうと画策するのでした。
この崔龍鶴という人物は李兄妹に蛇蝎のように嫌われていますが(銀行員なので父には好かれているという皮肉)、まぁ、それもしょうがないと思わせる描き方です。たぶん、こんな時代、こんな場所でなかったら、もうちょっと評価も上がるのかもしれませんが、なにしろ動乱の済州島では無理というものです。
さらに李芳根は以前から言っていたように家を出ます。また日本の戦犯となった韓大用(ハン=テヨン)がゲリラに加わることを断られたので船を買って与え、ゲリラに便宜を図った密輸や密航などを行わせて、ますますゲリラたちに加担していきますが、党組織に加わることはしません。その一線は決して越えない自由人であるというのが李芳根の魅力のひとつです。
有媛を無事にソウルに逃した李芳根は、自身もソウルへ向かいます。有媛と結婚しようとしている崔龍鶴は済州島の人間でありながら、差別などを避けるためもあったのでしょうがソウルに籍を移しており、ソウルの人間以上にソウル訛りを話すこともあって、李兄妹に嫌われているのです。今は有媛を日本に逃がすためのいい口実として利用されています。
李芳根がソウルに行ったのは有媛のためだけではありません。謎の美女・文蘭雪との逢瀬もその目的だったりします。彼女はすこぶる美人な上、強力なバックがついていたりしますが、ちょっと便利すぎるきらいがあり、有媛のが魅力的だと思います。この話のヒロインは間違いなく有媛でしょう。
その有媛は、しつこく迫る崔龍鶴に自分が留置場に入れられたという話をして、結婚をぶち壊します。もちろん兄の指示です。崔龍鶴は驚愕しますが、有媛が諦めきれず、それでも「アカ」の有媛を見下すような態度をとるようになります。この当時の大韓民国では、「アカ」と呼ばれることは社会的な地位の抹殺を意味していました。しかし、これが叔父や父の逆鱗に触れる形となり、結婚の話は立ち消えます。その上で、李芳根は、妹がこれ以上、この国にいてもビラまきのような形であれ、共産党の活動に接することは避けられないと脅すような形で父を日本留学に説得しようとしているのでした。
さて、文蘭雪への思いを遂げた李芳根でしたが、梁俊午(ヤン=ジュノ)からの手紙で済州島にとんぼ返りします。
秘密党員だった梁俊午は、とうとう山に入る=ゲリラとなるというのです。
さらに、有媛と崔龍鶴の仲人になるはずだった恩ある弁護士から父も参加しての和平を訴える連判状を集め、ゲリラの指導者である康豪九(カン=モング)と会いたいとまで言われて、李芳根は話の内容もさることながら、父の変節ぶりに感動するのでした。
そこに麗水(ヨス)、順天(スンチョン)で駐屯部隊が叛乱を起こしたという報せが届いて、いよいよ最終巻です。
前巻のラスト、朝鮮民主主義人民共和国の成立は話にも出てきませんでした。そもそも、この巻では話が完全に李芳根のみで、南承之(ナム=スンジ)ら、ゲリラたちがどうしていたのか、わかりません。まだ警察・軍との間に戦闘が再開していないので、小康状態が続いている感じですが、この巻ラストの麗水・順天の叛乱により、物語はまた大きく動き出すのでした。
[0回]
PR