監督:スジョイ=ゴーシュ
出演:ヴィディヤ=バグチ(ヴィディヤ=バーラン)、ラナ(パラムブラト=チャテルジー)、カーン(ナワーズッディーン=シッディーキー)、ほか
見たところ:川崎市アートセンター・アルテリオ・シネマ
インド、2012年
わりとごった煮、よく言えばゴージャス、悪く言っちゃうと何でもありの感があるインド映画ですが、最近は何でも音楽!じゃなくて、ジャンル分けが進んできたようで、サスペンス映画です。
ロンドンから身重の身体を押して失踪した夫のアルナブを探しに来たヴィディヤ。しかし、アルナブが働いていたという国立データセンター(略称NDC)にも、宿泊していたというモナリザという安宿にも、あまつさえ卒業したという学校にもその姿はない。誰一人として彼がいたと言う者はいない。だがNDCの人事課長アグネスから、アルナブがミラン=ダムジという男性に似ていたと知らされたヴィディヤは、地元コルカタ(旧カルカッタ)警察のラナの助けを借りて独自に捜査をしていくが、やがてミランが2年前にコルカタの地下鉄で起きた無差別毒ガステロ事件の容疑者として情報局に追われていることがわかる。アルナブは生きているのか? ミランとの関係は? ヴィディヤの会った証人が殺されていくなか、ヴィディヤは夫と巡り会えるのか?
見始めた時は新婚の妻のもとを去った夫、という筋に「
ゼロの焦点」を思い出しましたが、なかなかどうして、世界最多の映画製作数を誇るインドです。そう簡単に筋立てをどっかの島国の小説に求めたりはしないのでした。
強くて優しくて、凛とした美しいヴィディヤ、お人好しなラナといった魅力的な人物と一緒に事件の謎を追ううちに、あっと驚くどんでん返しがあって、まぁ、一瞬たりとも目が離せません。タイトルの女神というのも、実際にコルカタにある秋祭りドゥルガー・プージャーに引っかけつつという辺りの手も小気味よく、ラストに至ってはあっぱれと手を打ちました(映画館なので心の中で)。
原題は「KAHAANI」で、作中でもラナやカーンが言う「物語」のことです。「女神は二度微笑む」という邦題も、安直な横文字タイトルが横行している昨今、あっぱれと言いたいです。
ドゥルガーはメガテニスト(SSまでだけど)なわしにはなじみ深い女神様でしたv
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