刀の持ち主はやはり五右衛門だった。そこで変わり果てたモニカを発見した助左は、モニカを連れ帰ろうとするが、彼女は行方不明になってしまう。モニカのことを美緒に報告するために堺に戻った助左は、そこでお仙から、五右衛門がモニカを探していることを知る。そして、お仙の船で唐人の一観と知り合った助左は、彼が焼いた青くて鋼のように堅い瓦を、石田左吉の入れ知恵もあって、羽柴秀吉に売りつけることに成功する。年明けて、信長の安土城の建設が始まった。
けっこう長く描かれる助左、五右衛門、モニカのくだりは、どろどろにこじれてる五右衛門&モニカのカップルに、にぶちんであることにかけては作中誰にも引けを取らぬ助左がからむことで余計しっちゃかめっちゃかに。モニカの「たとえ死んでも魂だけ(呂宋島へ)乗せていっておくれ」という台詞は本心からきたものだと思いますが、長浜に行こうという助左の誘いにモニカが乗ったのは、本心から長浜に行きたかったのではないだろうなと思います。それに、堺に行って、モニカの現状を美緒に報告する助左を見ていると、長浜へ連れていって、当人はまったく善意のつもりで堺に報告しかねませんので、やっぱり助左はにぶちんと言わざるを得ません。女心がわからんにも程があるっちゅうか。
一方、五右衛門も、元はと言えば自分が蒔いた種ですから、後始末は自分でつけねばならんわけですが、自業自得でもあるんですが、きっと、若気の至りってやつで、モニカをちょっと味見してみたかったんだろうなと思いました。そういう男ならではの無神経さは許し難いところではあるんですけど、逆に、それだけの関心しかなかった男にずるずると引きずられてしまうモニカというのも、さて、当人の自己責任だけをあげつらうにはあまりに深窓の令嬢すぎるきらいもありますんで、もうこれは、なるべくして招いた末路というか、最初からこの2人で幸福なカップルなんてあり得なかったというか、人がばりばり殺される戦国の世とはいえ(ナレーターだけでも、一向宗門徒を信長が何千人も殺したという話は語られてますんで)、その中でもいちばん裕福で平和であったろう堺に生れたモニカが、何でこんな末路を辿らねばならないのか、不憫と言えば、演ずる夏目雅子さんの早死になんかもあって、不憫になってしまうのでした。しかも後半で行方不明になってるし。しかし、一方で、深窓の令嬢らしく、親の言うとおりに津田に嫁いでいたら、それはそれで幸せだったのだろうかという疑問も湧くわけでして、こんな時代に生きるにはあまりに可憐な花、というのがモニカのポジションだったんだろうかという気もするのです。
ただ、五右衛門というキャラには、そういう外道な行為をする人間でありながら、危険な魅力とでもいいましょうか、何か嫌いになれないにおいも漂ってしまうのでありまして、そこら辺、真面目でいい奴なんだけど、唐変木な助左とはまことに対照的っていうか、でも、じゃあ、女としてどっちを選ぶと言われたら、旦那は助左、愛人は五右衛門ってパターンも多くねーかと思ったり。
ところで、助左から報告された美緒が、「怖いのは情欲の道か」とつぶやいているところを見ますに、このカップル、実は似た者同士かもなんて思いました。しかし、いまだに呂宋島に美緒を連れていくと言わない助左、大馬鹿野郎にも程がありますよ、まったく。
さて、堺に戻ってお仙に会った助左は、明から来た瓦焼き師に会います。この瓦、寺から頼まれたのを突っ返されたそうで、安く買い上げた助左は、羽柴秀吉に売り込み成功、石田左吉の策士ぶりが目立つんですが、見た瞬間に秀吉が「欲しい!」って顔をしたんで、下手な細工は要らなかったような気もするけど。で、これは信長にも気に入られそうだな、と思っていたら、次回でそうなる模様。
まぁ、助左も商人目指してるんだし、自分のことで一生懸命なのはわかるんですけど、なんか五右衛門に対して、友だち甲斐がないな〜と思ったりしましたが、しょうがねぇか。
ところで、作中で「お岩さんみたいな風貌」って聞いたような気がするんだけど、「四谷怪談」は江戸時代の作だから、あり得ないよねぇ? モニカの風貌がそれぐらい様変わりしてたってことなんですけど、ねえちゃん、咳は治ったんかい? どうやら、労咳説は外れたようです。
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