五味川純平著。光文社文庫刊。全9巻。
クライマックスにさしかかり、伍代家の人びともかなり変節が激しいです。特に絶対安泰かと思っていた当主の由介が、市来善兵衛と軍に批判的なことを言い始めたもので、商売がうまくいかないと言って英介に退陣を迫られ、あっさりと了承しちゃうというのは予想外の展開でした。伍代財閥は日本が満州事変を起こした時に、その尻馬に乗って儲け、現在の地位を築いたという自覚はある御仁なのですが、日中戦争は長引くばかりでいっこうに解決しそうな目処も立たずに泥沼化し、それなのにアメリカと開戦しちゃったもので戦争の傷口は広がる一方で、ある程度の見識を持つ人だったら、日本の敗戦なんて見えていただろうに、それを公然と口にすることも許されなくなっていく日本を由介はただ苦い思いで見守るのみです。
軍以上に強気というか、神国日本を信じて疑わない英介は、伍代家では異色な人物で、唯一、叔父の喬介に似てる感じですが、満州伍代を率いてきた叔父に比べると才覚の点でも度胸の点でもてんで足元にも及ばず、ただ小物感を満載して威張っているところが鼻持ちならない人物として描かれます。俊介があんまり美青年ぶりを強調されるもので辟易して英介どうかと思いましたが、わしは心情的には圧倒的に俊介や高畠、耕平に近いと思うので、英介がいいとは思えないようです。まあ、お父さんや叔父さんと一緒に滅びることなく、最後まで生にしがみついてくれたら、それはそれで貫徹してていいかもとか思ったり。
高畠と結婚した由紀子でしたが、高畠が伍代を辞めたついでに上海へ行き、そこで反日的な活動をしている篠崎と会ったりしたというんで逮捕されちゃいまして、さらに由紀子に気がありつつ、妻と別居することもせず、技術屋だった矢次もぱくられたもので、由紀子、俄然燃えちゃって、2人を助けられるのは自分だけ!と張り切ってます。別に高畠や矢次がそれほど好きなわけではないんですが、この人もいろいろとお嬢様なので、人のできないことをして悦に入ってみたいタイプなのか、満州から東京まで出て来て、いろいろと画策します。もっとも、肝心の高畠も矢次も獄中で転向しちゃいまして、由紀子は熱が冷めて高畠と離婚するんですが、これはこれでおもしろかったので、よしとします。映画だと由紀子は柘植の後を追いかけるようですが、小説の由紀子の方が、わしには魅力的かなぁと思います。
順子は耕平を待ってます。たいがいのキャラがエロい想像をせずにいられない五味川小説には珍しく、耕平と順子はずっと清い関係のようです。いや、何となく。
高畠と一緒に伍代を飛びだした俊介は、結局、邦とくっつきます。斯波発子ともつかず離れずの関係だったし、苫は振っちゃったしで、女性キャラが家族以外に残っていないという消去法めいた落ちですが、梶と美千子みたいに将来を誓い合った仲もいないんで、まあ、無難なところなんでしょう。ただ、当人も覚悟していたとおり、またしても兵隊に取られちゃいます。
あとはガダルカナル戦がメインですが、こちらは解説もしつつ、斯波発子の従兄弟という青年が出て来まして、彼メインで小説が進む分もあり、それほど退屈しなかったです。斯波発子の従兄弟といっても、それまで登場したわけではないのですが、一兵卒で上の不始末を罵るというキャラに感情移入できたのが良かったんでしょう。他の解説もこんな感じで進めてくれれば良かったんですが、こことミッドウェー海戦で死亡した市来善兵衛の甥っ子は例外中の例外で、基本、解説部分は作者のやりたい放題で解説してる感じで、再三文句言ってますけど、そこが最後までおもしろくないような感じです。
あとガダルカナルでは懐かしい不破医師が登場しましたが無事に生き残って帰れたんかなぁ…
徐在林と白英祥は名前も聞かなくなっちゃいました。まぁ、前の巻で徐在林も捕まっちゃったんで、無事だとは思えないんですが、それにしてはおざなりな扱いです。この作者、大河ドラマというのは書けないのかなぁと思います。登場人物がどんなに多くても、そういう人びとが一堂に会するとか、思わぬところで出会って読者だけが作者の紡ぐ運命の非情さにどきわくしているという展開は望めない感じです。どうも話がミニマム…
そして、たきがはがいちばん気に入っていた趙瑞芳さんは、とうとう大塩雷太に捕まってしまいまして、さんざん弄ばれています。あんまり扱いが酷すぎるんで、雷太の情婦が案じるくらいで、すっかり憎々しいキャラになりましたが、全然魅力的じゃないんで、作者の寵愛っぷりが疎ましいというか…
雷太の師匠の鴫田も武居なんかと組んで裏ででかい顔とか、つまらないキャラになってしまいました。まあ、親玉の日本がみみっちい悪役止まりなんでしょうがないっていうか…
いよいよ次が最後の巻だというのに、惰性になってるのが辛いところです。
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