監督:チャン=イーモウ
出演:無名(ジェット=リー)、残剣(トニー=レオン)、飛雪(マギー=チャン)、長空(ドニー=イェン)、如月(チャン=ツィイー)、秦王(チェン=ダオミン)、ほか
すっかり忘れてしまったんで、再見。見ていくうちに、初見より、いろいろと発見があっておもしろかったです。
中国の様式美とでもいいますか。デビュー作「紅いコーリャン」で真っ赤な映像を見せてくれたチャン=イーモウ監督らしく、場面場面ごとに変わる色の鮮やかなこと、美しいこと、これは武侠映画であると同時に芸術的な映画でもあるな、と思いました。
それと、中国といいますと、おそらく一番人気は「三国志」だと思うのですが、その時代とちと似てると思うんですよね、秦が統一するまでって。いくつもの国が群雄割拠して争っていた時代、確か、戦国時代といったかと思いましたが。
で、この物語の時点では、秦がすでに最強の国であるらしく、趙の国が刺客を放って、秦王を暗殺しようとしてたわけです。残剣、飛雪、長空がその刺客。特に残剣、飛雪は秦の兵3000人でも防げなかったという強者、秦王としては枕を高くして寝ることができなかった。
そこで、秦の小役人に過ぎなかった無名が、3人の刺客を討ち取り、「長空を討ち果たした者には王の側に100歩まで近づける」、「残剣、飛雪を討ち果たした者には王の側に10歩まで近づける」という報奨を得るわけなんですが、実は無名にも隠れた目的があって、というのがこの話の大筋。
で、無名が順に3人の刺客をどうやって討ち取ったかを王に語るわけなんでありますが、そのシーンシーンが色にすごくこだわっていて美しいのさ。
まずはトップバッター、長空。槍の使い手で、時々、碁を打ってる。しかし、碁石を動かすのに手じゃなくて道具を使ってるのが中国風か? すごく石も盤もでかそうだ。雨がしとしとと降る中、碁を打つ長空に襲いかかる秦の7人の使い手たち(無名含まず)だが、長槍を振るう長空にかなわず、しかも誰一人として命を奪われることなく敗北。立ち去ろうとした長空に無名が襲いかかる。全編、これ、モノクロームな世界。灰色の石と岩と雨の絵画。途中、碁会所を去ろうとした盲目の琴引に、無名が「もう1曲頼む」と言って、心の中で激しい戦いを繰り広げる無名と長空。しかし、琴の糸が切れた、その刹那、無名の剣が長空を倒していた。
さらに残剣と飛雪。この2人、実は恋人同士。ところが、過去に飛雪が1度だけ長空と過ちを犯したとかで2人の仲はぎくしゃく、そこに残剣の小間使い、如月を使って、無名がしかけた罠。愛憎のもつれが希代の剣士を負かしてしまうというこのシーン。全編真っ赤。紅葉の下、如月が飛雪に襲いかかるシーン、しかも登場人物の服もまっ赤っか。その中で、無名だけは全編通して黒だけ。どんな色を混ぜても決して変わることのない色は、何者にも染まらない彼のキャラクターを表わしているのか。ついでに秦軍も真っ黒だ。兜の飾りだけ赤い。そして、一方、真っ赤で語られる残剣と飛雪の愛憎劇。激しい性格の2人を、さらに色が盛り上げる〜
しかし、秦王は見抜いた。「2人がそんな器の小さい人物のはずがない」と。そして秦王が語る、無名の企み。
全ては、秦王を討ち果たすべく、無名、長空、残剣、飛雪が仕掛けた罠だった。なぜなら、無名の必殺剣は標的の10歩以内でしか効かないから。残剣と飛雪は、秦王を討つために無名に長空が協力したことを知って、自分たちも協力する。そのために命を落とす飛雪。飛雪の弔いに無名と心の中で戦いを繰り広げる残剣。真っ赤で語られた話から、一転して今度は真っ青。飛雪が秦王を倒すために己の命を賭けたように、その心の何と澄みきったことか。九寨溝で繰り広げられたこのシーンの水の美しさよ。
ところが、まだ話にゃ裏がある。
無名が語った真実は、長空の協力は本物。しかし、残剣はあくまで秦王を討とうとする無名に反対する。彼がその理由を語った漢字は「天下」、そう、残剣は一度、秦王と会って、彼こそが天下を取る器だと気づき、それだけが長い戦国の世に疲弊した民が救われる道だと思ったのだ。残剣もまた、そうした戦国の犠牲者の一人だった。飛雪は趙の将軍の娘なので、個人的な恨みが強く、無名もまた、秦人として育てられた趙人だった。だけど、残剣は秦王を殺してはいけないと訴えるあまり、飛雪の剣に倒れる。
無名の話に驚く秦王。自分の思いをわかってくれる者が意外なところにいた喜び、彼は無名に言う。「ここで討たれても悔いはない」と。その潔さ。そして、このシーンで残剣、飛雪は白ですよ。よく着替えますね。長空なんて最初に出たきりなのに(黄色っぽい服だった)。いや、そういう観点じゃなくて、この白は残剣の心の清々しさかと思う。復讐という道を棄てた男のさ。でも、飛雪に討たれちゃって、最後は飛雪も一緒に死んでしまうんだが。
さらに、秦王を暗殺しに赴いた時には(3000人の兵でも守れなかったというあれだ)2人とも緑ですよ。宮殿の中も緑。復讐に燃える若々しさの象徴か?
無名は残剣の意志のとおりにする。しかし、秦王に一度は剣を向けた身、秦王は無名を討たねばならなかった。けれど、秦王は無名を手厚く葬った、と語られる落ち。
ここで上の「三国志」の話題に戻るわけですが、たきがはが「三国志」をあんまり好きになれないのは、まさにこの残剣の精神がまったくないからです。曹操ってそんなに悪か? 三国分立って結局、英雄のためだけで、庶民のことは何も考えてないよね? よく劉備を善役に描きますが(そういえば「レッドクリフ」なんてやってるけど、「赤壁の戦い」でなぜいけないのか、日本語タイトル?)、本当に庶民のこと考えていたら、戦争を回避する道を選ぶのがほんとにいい王様じゃね?
そして、残剣、無名を通じて、秦王を生かす道を選んだ監督は、そういうことが言いたかったんじゃね? と思ったりしたわけなんでした。
ところで、「三国志」って中国だと何度もテレビドラマ化されてて、DVDなんかも出てますが、なんで「レッドクリフ」ってわざわざ宣伝するのか、よーわからん。映画化が初ってことで? なんでハリウッド? なんでいまさら「三国志演義」(予告を見た限りでは曹操がいかにもな悪役だったので「正史」じゃなくて「演義」だと思う)?
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