監督:ケン=ローチ
出演:リアム(マーティン=コムストン)、ピンボール(ウィリアム=ルアン)、ジーン(ミッシェル=クルター)、シャンテル(アンマリー=フルトン)、スタン(ガリー=マコーマック)、ほか
2002年、イギリス・ドイツ・スペイン
久々の鑑賞です。公開当時に見たので7年ぶりか。相変わらず全然甘くない映画です。一回見て筋は知ってるので、もう少し冷静に見られました。
15歳にしては頭もいいし、切れるし、度胸もあるリアムなんですが、やってることは大人顔負けのヤクの売人です。しかもピザ屋というカモフラージュ付きですから、これはけっこうえげつないと言っていいでしょう。目的は母とともに暮らす。そのために家を買う金を貯め、ヤクに手を出したリアムです。目的は立派ですが、やってることは犯罪です。そんなリアムが幸せをつかめるかというと、それは人道的に許されないのではないかと。
リアムの母ジーンは、せっかく豪華な家を用意した息子よりも、愛人のスタンと一緒に暮らしたいのです。そしてリアムがせっかく買った家も、スタンには「あばら屋」だと漏らしていた。リアムには母の弱さを受け入れることができません。姉のシャンテルのように毅然と母とのつながりを絶ち、姉とその息子のカルムとともに生きていくことを選べません。15歳、大人並みの知恵と度胸を身につけていても、リアムは夢を見ていたいのでしょう。出所した母が、犯罪につながるスタンとのつながりを絶ち、自分と暮らしてくれるという甘い夢を。そういう点では、確かにこの話は「SWEET」でした。他人を陥れるヤクを扱って、最愛の母や姉と一緒に暮らすという甘い夢、でも、人道的にそれは許されないことだったし、リアムもそれはわかっていたから、煙草を売って稼いでいると姉にも母にもごまかしているのです。
しかし、リアムにはそうする以外にまとまった金を手にしづらいという環境もあるのは事実です。母は愛人のために刑務所入り、うちにいるのはその愛人と母の父だけで、リアムとシャンテルは養護施設に入れられていたこともありました。
でも、シャンテルは息子とともに生活して、講習を受けています。母が反面教師となって、彼女は真っ直ぐに生きています。それだけに弱い人間である母のことが赦せないのでしょう。リアムは何度か「母を赦してあげて」と頼んでいます。たぶん、リアムが頼んだよりも、もっとシャンテルはジーンを赦していて、そのたびに母に裏切られて、そして二人で生きていくことを選んだのではないかと思いました。
だから、そのシャンテルが、ラストでリアムに電話をしてくる。彼女がいる限り、リアムは大丈夫じゃないかという希望が持てました。リアムには罪を償って、真っ直ぐに生き直してほしいと思いました。
そして日本にいるであろう無数のリアムたちにも、そうあってほしいと思います。罪は償えるのだと希望を持ちます。そう思うわしがいちばん甘い、という意見は甘んじて受けます。
たんぽこ通信 映画五十音リスト
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