助左右衛門は石田三成、小西行長、安国寺恵瓊らの処刑を知る。そこへ高山右近が徳川家康の使者としてやってき、助左右衛門を家康と引き合わせる。家康はイスパニアの無敵艦隊がエゲレスに破れたと言い、これからの交易はエゲレスとすべきだと言う。そして、堺の港を閉じ、堺の商人たちを江戸に住まわせなければ、堺を町ごと焼いてしまうと言い出す。堺に持ち帰り、会合衆と談合した助左右衛門は、断じて戦おうという意見を聞くが、自らは呂宋に渡り、そこに堺の町を作ろうと言う。ほとんどの者が賛成するが、小太郎は賛同できなかった。続々と堺の船が呂宋へ向けて発つ中、高山右近も加わる。そして助左右衛門は、別れを告げに来た美緒に、30年間、心の中に秘めてきた思いを打ち明けるのだった。いよいよ最後の船となった助左右衛門はお仙の死を看取り、自ら堺に火を放つ。堺の黄金の日日が終わったのであった。
たきがは、今までさんざん、助左のことを阿呆とか罵倒してまいりましたが、すんません、美緒と助左の最後の邂逅に、思わずもらい泣きしました。「心に秘めた人がいることを女として幸せだったと思う」と言う美緒に、助左、墓まで持ってくつもりだった美緒への思いをようやく打ち明けます。30年間ってことは、第1話からということでしょう。そんなに何に義理立てたのだ、助左? 宗久か? やっぱり堺かッ?! でも、このシーン、すごくいいので、ようやくこのカップルのような愛もありなのだな、と思わせてくれるだけの力はあります。たきがはとしては
「おまえが好きだぁぁッ! おまえが欲しいぃぃぃッ!!!(「起動武闘伝Gガンダム」より最終話)」てのがやっぱりいいな〜と思うのですが(そこ、鼻で笑わないように)、助左と美緒の場合はこれもありかと。そう思わせるだけのラストであります。
その前に、三成たちの弔いにリュートをかき鳴らす助左(意外と器用だな)に、美緒が「誇りを失っても生き延びてほしい」と訴えるシーンがありましたが、わし、こういう考えが好きなんです。わしは「風とともに去りぬ」でも圧倒的にスカーレット&レット派なんですけど、そのスカーレットの最後の台詞「明日のことは明日考えよう」にも通じるかと思うのです。あ、たまには見たいな。そしてレットの格好良さに痺れるのさ。
そう、たきがはは戦陣訓のように「生きて虜囚の辱めを受けず」という考え方はまっぴらごめんなんですわ。死んで花実が咲くものかってタイプ。もう、たとえみっともなくても、生きたもん勝ちっていうか、死んだらそれで終わりって考え方。「タクティクス・オウガ」のカチュアがわりと好きなのも、根底にこの考え方があるなって思うからだと思います。
そして、この物語の影のヒロイン、お仙ちゃんも、ついに呂宋に発つことなく、しかし最後まで助左につきあって、亡くなります(;´Д⊂)お仙ちゃんはどっちかというと、助左にとっては同志でした。助左とは恋愛感情はなかったように思いますが、助左、意外にもてるし、にぶちんだし、でも、お仙ちゃん、そういうところは見せなかったと思うんで、善住坊、五右衛門という助左にとって同志2人の死を看取ったお仙ちゃんは、とうとう助左に看取られるのでした。お仙ちゃんだけでも呂宋に行ってほしかった。呂宋で幸せをつかんでほしかった。でも、子どもの頃に海外に売られた彼女にとって、呂宋は二度と行きたくないところだったのかもしれません。堺が滅びるその時に、堺に帰り、堺に生きたお仙ちゃんが、堺とともに滅びるのは彼女がいちばん望んだことだったのかもしれません。
そして、三成、行長、恵瓊は、切腹を許されず、罪人のように斬首されますが、それぞれ、坊主の説法を断ります。三成は「この世に未練はない」そうですし、行長は「自分はキリシタンだ」し、恵瓊は「俺は坊主だ」からだそうです。それぞれに、それぞれが信じたものに命を賭け、死んでいくさまは、わしとしては決して見習いたくはありませんが、あっぱれなものでした。たとえ武士らしく切腹を許されなくても、3人は武士らしく死んでいったと思います。その美学を武士と言うならば。
それにしても、近藤正臣さんの石田三成は大変魅力的でありました。どこまでもまじめで、豊臣家が第一で、でも秀吉の晩年に胸を痛め、助左との友情を温め、家康にかなわぬ器ではあったけれど、忠臣って感じで、いままで、わしは三成というのは「関ヶ原で負けた武将」ってほどにしか知らなかったんですが、格好良かったです。恵瓊も、一癖もふた癖もありそうな坊主っぷりがまたいいキャラクターでした。
そして小太郎。堺の人びとが助左と一緒に行こうと沸き返る中、ただ一人、立てなかった。きっと急に老いた父や、母のことを考えていたに違いない。その小太郎に微笑みかける助左。その微笑みが、小太郎に母と父のことを考えさせ、本当は自分も一緒に呂宋に行きたいだろうに、大きく世界に羽ばたいていきたかったろうに、あえて、自分は宗薫とともに江戸に行くと言う。そして、美緒に「悔いのない生き方をしてくれ」とまで言う。立派になりました、小太郎。今井もこれで大丈夫だ、そう思わせる成長ぶりです。もしかしたら、いちばんの成長株かも。助左とか最初から大人だし。
そんな小太郎に、美緒は「最後まで本当の母親でありたい」と言いますが、助左もきっと小太郎の勇気に感化されたのでしょう。ここで言っておかねば一生後悔すると思ったのかも。「今度、生まれ変わった時には、わたしの妻になってくれますか」と美緒に尋ね、美緒もこれを受け入れるのでした。
で、江戸に発つ宗薫もまんざらではない様子。この2人はやっと、夫婦として向き合えるようになったのかな〜と思ったり。このラストの宗薫がなんかいい人っぽいので、宗薫って嫌いになれないな〜と思ったり。
高山右近、ちゃっかり助左に同行です。これはもうやめちゃったもん勝ちっていうか。行長もあの時、信仰を選んでいれば、同じように生きていけたかもしれません。そのときは三成は大変だったろうけど。そういや、日本のキリシタンは逃げたのでしょうか? 右近としては、彼らのためにも日本を出る理由があるのだな。
そして、助左たちは自ら、堺に火を放ち、船出します。ここのナレーション、すごくいいので、できたらここで終わってたらベストだったと思う。どっちかというと、船上で助左が様々な人びとを思い返したり、助左と名づけられた子どもに会ったりするのは蛇足っぽいので、炎上する堺の前に持ってきた方がいい構成になったと思いました。
それにしても、3万人とは、すごい数の人びとが流出したわけです。呂宋に行ったのはそのうちの半分くらいだったのでしょうか? 確かに、町が作れるだけの規模ですな。
でも、まずはさらば、助左右衛門。さらば、堺。
さらば、愛しき黄金の日日よ。
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