井上鱒二著。昭和文学全集10。小学館刊。
原爆を扱った小説としては最高峰に位置する名作。すーちゃん出演で映画にもなりました。重松役は小林敬樹さんだったかと記憶しておりますが…うろ覚え。
原爆症の疑いをかけられて、縁談が次々に破断してしまう姪の矢須子のために、閑間重松が自らの被爆体験を綴った被曝日誌を清書する。それにより、まるで見てきたように広島の町がいかに被曝し、人びとが傷つけられ、狼狽え、死んでいったかを読者も鮮明に知ることができるのは、著者自身の体験もあるのでしょうか。淡々とした描写ながら、内容は壮絶なもので、むしろ、難しい言葉を使わないだけにその怖ろしさが却って目に浮かぶようで、わしは丸木夫妻の「原爆の図」とか、広島の平和記念館で見た遺品や写真を思い浮かべながら、読んでおりました。
重松は姪のために被曝日誌を清書するわけですが、姪は健康なのだと証明したいのに、むしろ綴れば綴るほどそれができないのが見えるようで、姪が表に出てくることはほとんどないんだけど、すーちゃんのイメージと「夕凪の街桜の国」の皆実のイメージとかもかぶさって(全然違うシチュエーションながら、何年も経って原爆症が現れたという事態は同じだったりする)、原爆反対と叫ぶわけでもなく、戦争反対と唱えるわけでもなくても、根底に流れるのはその思いだなぁと感じました。
しかし今の日本、矢須子のように将来、癌を発症する若い人は大勢いると思うので、何のための戦後60年だったのかという一抹の空しさもなくはありません。
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