水上勉著。角川文庫。
1964年初版とあるように、石牟礼道子さんの「苦海浄土」(旧題「海と空のあいだに」1965年連載開始。苦海浄土は1972年刊)より古い。著者が1959年に水俣市へ行き、その時の見聞をもとに書いた中篇にさらに書き足したのが本作、だそうである。
舞台となる水潟市は、チッソと同じような工場が新潟にあるのを知って、水俣+新潟で水潟(みながた)としたのも有名な話だが、1959年といえば、まだ第二水俣病も発見されていなかったころであり、改めて著者の先見の明に驚かされる。水俣では1959年の悪名高い見舞金契約が年末に結ばれて、被害者は以後、9年間の沈黙を強いられる。
話は推理小説仕立てで、冒頭は奇病にかかった少女の話、その患者を診察する地元の医者の話から、水潟市に奇病の調査にやってきた保健医が行方不明になるところで一気にミステリになるも、水潟病と名づけられた奇病はこの物語の中ではスパイスに近く、その結末も現実よりもずっと甘い。さらに、物語の核となる推理小説の部分も、水俣病の部分を消してしまうと高度経済成長を一手に引っ張っていたとも言えるチッソの可塑剤(これを作る触媒に水銀が使われ、その過程で有機化して排水となって不知火海に流された)にまつわる産業界内の殺人事件にしてはいささか弱く、動機も少々弱いような気も。それにチッソの城下町である水俣にあって、水俣病患者家族が圧倒的な少数派であり、有志を名乗る市民によって沈黙させられたり、差別されたりしたのも事実であり、この物語の主役である開業医の木田と勢良警部補の漁民や患者を心配する気持ちもどこか上すべりするように感じなくもない。ここらへん、事実は小説よりも奇なりとはよくぞ言ったものだと思ったりした。
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