山本周五郎著。新潮文庫刊。
表題作のほか、「討九郎馳走」「義経の女(むすめ)」「主計(かずえ)は忙しい」「桑の木物語」「竹柏記」「妻の中の女」「しづやしづ」を収録した短編集です。
このうち「義経の娘」だけ鎌倉時代で、あとはいつもの時代物です。
表題作の「あとのない仮名」は最晩年の作だそうですが、人を信じることへの温かさを感じられたほかの話に比べると虚無的な男が主役でハッピーエンドにもなりません。むしろ連れ添った嫁のたった一言を咎めて妻子を捨てて遊蕩にふける主人公の姿は一方的に妻を責めているだけにも読めてしまい、つまらなかったです。晩年の作だから、作者もそういう心境になったってことか。
「主計は忙しい」はお得意のユーモア物。年がら年中走り回っていて忙しい主計のそそっかしさお約束とも言えるハッピーエンドが微笑ましいです。
「討九郎馳走」は、武道一本で来た無骨な武士が、己には相応しくないと思われる馳走番(おもてなしの役目)を申しつけられ、辞退させてもらえません。しかし、野心溢れる近隣の殿様が寄った時に(舞台は紀州藩)、その陰謀を見抜き、見事に止めたことで討九郎に馳走番を命じた殿様の真意を知るという武家物です。
「義経の女」は「少女之友」に発表された小説で、今まで読んできた周五郎さんの小説の中でも破格に短いです。父のために頼朝に召し出される主人公が、自分のために反乱を起こそうとする夫を諫めて鎌倉へ行くという筋には、戦争末期(発表が1943年のため)の世相を反映しているようにも読めました。
「桑の木物語」は主従の友情を描いた話です。
「竹柏記」は思い人のいる親友の妹を、その相手の不正を知って無理に娶った主人公が妻と和解するまでの話だったんですが、ちょっと長くて退屈でした。
「妻の中の女」は、口うるさい江戸家老が藩に戻った際に、思わぬことから妻の中の女性と母性を見出す話で、ちょっとユーモア路線。
「しづやしづ」は岡場所物で、若気の至りで入れ墨を入れちゃったヒロインが身を引いてしまう展開が物悲しい。
次は久しぶりの長編で「さぶ」を読もうと思います。下町の友情物ですが、何年か前に藤原竜也、妻夫木聡主演で映画化だったかドラマ化されたから知ってる人も多いかもしれませんが、さぶのキャラクターじゃないよね妻夫木は。栄二はイケメンならいいけど藤原竜也でもないな。とミスキャストぽかったので未見です。
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