5月15日にありがとうございました〜
わしが、東北へボランティアに行くのは、元を正せば阪神大震災の時に何もしなかったという思いがあるからです。
知らない土地でもない。知っている人もいる。それなのに、会社での仕事を理由に何もしなかった後ろめたさと、基本、東北、それも福島の生まれ(育ちはばりばりの神奈川なんですが)なもんですから、これをおいて、何かしないわけにはいかないというもんに突き動かされてるような気がします。
あと、何回もオプ子ちゃんで遠出してるので、だんだん一人で遠距離走るのに慣れてきたという話もありますが(5年前の記事を読んでいたら、120km/h出すのが怖いとか書いてありましたが、今のわしは高速では100〜120km/h平均で突っ走っておりますw)
そんなに崇高なものではないのです。
奇しくも、兵庫から来て、すでに何回もボランティアに行ったという娘さんが「ボランティアで来る人は変態かマゾではないか」と言ったように、頼まれもしないのに何か行かずにいられなくて、ただ暇を見つけて行くという感じです。まだ2回目ですし。
>あんまりゴミと呼ぶのははばかられるところ 敢えて自ら「ゴミ」と呼んで認識を変えて諦めないと前に進めない訳ですが、こればっかりは、持ち主でないと気持ちの区切りをつけられませんし、難し過ぎる…
ボラセンの方もそういう意味で敢えて「ゴミ」と言っていたのだろうと思いました。でも、よそからボランティアに行ったわしらが「ゴミ」と言うのはちと違うだろうとも思いました。難しい問題です。
>津波を被った田畑の漂着物を拾って、ヘドロや農薬などの化学薬品や塩分を除去して… ちゃんと農業ができるようになるまで一体、何年かかる事か…
これはどうやら、田んぼ>畑でかかるようですが、「ボランティアのおかげで大豆に転作できるようになった」と言っていたので、わりと塩に強い作物を植えれば、意外と早いところもありそうですよ。ただ、日本の米倉、東北が戻るにはそれこそ何年もかかるのかもしれません。
>放置していても解決しない津波による複合汚染の除去にこそ、人手とお金を掛けるべきで、その「人手」に地元の人を雇えないのか、とか…何かともどかしいです。
その金をどこから出すかなんでしょうね。復興したように見える仙台でさえ、傷痕は残っていますし、ほかの市町村は言わずもがなです。
石巻市でも海沿いは壊滅状態でしたが、いくつかの倉庫が動いていましたので、金をかけられるところから復興していくようです。
そう言えば、あれだけ集めた赤十字の義援金、どうなったんだろう…
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