山上たつひこ著。小学館刊。
「がきデカ」で一世を風靡した山上たつひこ氏がその前、1970年に週刊少年マガジンに連載していた政治漫画。あの「アシュラ」もマガジン連載だし、今のマガジンからは想像もできない凄い雑誌だったんだな…
197X年代の日本。すでに自衛隊が国防隊と名を変え、デモは禁止、共産主義なども厳しく統制された時代を、元陸将の子でありながら道を踏み外していく多感な青年、六高寺弦とその家族を通して描いた問題作。
一言で言ったら凄い漫画でした。今の日本、ここまで酷くなっていないと誰に言えるでしょうか、未来を透徹した著者の眼差しが恐ろしいくらいに時代を先取りしています。
しかも最初、全然関係なさそうな奇病患者と家族たちの祭りが、作中での現代にまで影響を及ぼし、それが枯れ葉剤(解説で「水俣病」を暗示しているような言い方をしているが遺伝性があるので枯れ葉剤だと思われ)を暗示しているところなんかが著者の先鋭性を表していると思えました。
わし的には軍人(元だけど)の妻の鑑であった弦の母親が、長男が負傷してカンボジアから戻り、その姿がまんま「
キャタピラー(故・若松孝二監督の問題作)」(作中の表記は「ダルマ」ですが)で、未来を先読みしすぎだろ!と思ったことは置いておいて、実はその負傷が名誉でも何でもなく、米軍の秘密兵器による事故での負傷と判明、でも生き延びたけれど、「どうせ先は長くないから死んだら解剖させて」と米軍に言われて、さすがに父親が激昂してその遣いを斬り殺し、当の長男も自殺したところで警察と米軍が来る前に自決しようと言い出したのに対し、
「いやよ! 死ぬのはいやだわ」
「あなたにはそんなに安易にわたくしたちにたいして死を押しつける権利なんかないはずよ!」
「どうして− もっとご自分を冷静な目でごらんになれないの! 自分というもの− 人間というもののもろさ… 弱さを!」
「あなたみたいな人がね− なにかというとすぐに… 死というものにさいごの逃避口をもとめるのは− さいごまで… ご自分の強さをほこっていたいからだわ! ぜったいに自分の弱さをみとめたくないからなのよ!」と応えたところが良かったですな。息子が死ぬまで理解できなかった軍国主義まんまの母親だったけど、最後の最後で目を覚まして一人の母親として生きたいと言ったところが好きでした。
特に字を大きくしたところの台詞は、何かと自決したがる旧日本軍の軍人の心情をずばりと言い当てたように思えます。ああ、そうだよね、あいつら、自分のしたことを見直す勇気なんかないんだよねと腑に落ちました。だから、何かっつうと腹を切りたがるんだよね… 生き残って後始末をする方が絶対に大変なんだもんね…
なんで、最後の最後まで嫌いでしたけど、最後のこの1シーンで好きなキャラになりました、文江母さん。
しかも最後、首都圏直下型地震が来て、弦は愛する雪を失います。何の救いもなく終わっちゃったところもまた凄いなぁと逆に感動しました。
いや、この漫画は読んでおいた方がいいです。一読の価値以上、必読の書と言えるでしょう。
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