中沢啓二著。全7巻。中公文庫刊。
というわけで中沢啓二さん追悼に引っ張り出してきました。1日に1冊ずつ読んで、1週間で終わりにするつもりでしたが、旅行とか行っていたこともあって、年明けまでかかってしまいました。
第1巻で、なかなか原爆が落ちる日が来ず、原爆前のゲンたちの生活を、父親を中心に丁寧に追っていたのが意外な感じでした。ただ、それだけにお父さんの印象は強く、特高に連れていかれ、拷問を受けても決して信念を曲げなかった格好良さが、その後、ゲンがことある毎に父の言う「おまえは麦になれ」という言葉を思い出すのを印象づけていました。そんな父、姉、弟が原爆で死ぬ(直接ではなく、爆風で倒れた家の下敷きになり、火事にまかれる)シーンの残酷さはその後のゲンやお母さんたちの苦労を思うと、辛いものがあります。
第2巻では最後まで重要な準主役の隆太が登場し、最初はゲンの弟・進次とそっくりなもので間違われますが、原爆孤児である隆太もゲンやお母さんを家族と慕うようになり、ゲンを支えていきます。ゲンは基本、大まじめで、どんなことにも全力でぶつかっていくんですが、適度に力を抜いたところもある隆太の陽のキャラクターは、とかく暗くなりがちなこの物語のなかで大きな救いの部分であり、一方で、ゲンが決してしなかった人殺しを何度も行った異色のキャラとしても印象深いです。そして、「はだしのゲン」を読んだ人が一度はトラウマになったであろう政二さんの登場です。わしが初めて「はだしのゲン」を読んだのは中学生の時でしたが、美術の担当の先生が貸してくれた単行本はクラス中を巡り、なかなか順番に話を読むことができずに、後に通して読むまで、どんな内容かよく理解しておりませんでした。そのなかでもこの政二さんにまつわる話は原爆の怖ろしさをよく教えてくれて、全体の話はわからなくても、何か凄い話らしいということだけは決して忘れませんでした。被爆する前は仲の良かった政二さんと兄一家が、政二さんが大けがを負うと、途端に掌を返したようになり、化け物扱いして、ろくな手当もしないという人間の身勝手さ、ゲンと隆太とのわずかな人間らしい交流、その死、「はだしのゲン」全巻を通しても、特に印象深い巻です。
第3巻では8月6日当日に生まれた妹・友子の死が、ゲンに悲しみの陰を落とします。ゲンは基本、何でも一生懸命で、この巻でも友子のために走り回り、米軍のミルク缶を手に入れようと画策するのですが、うっかりするとそれが本筋になりかねないお調子者っぽさもあり、真面目に家で待つ次兄の昭がすごく貧乏くじを引かされているような気がする… (´・ω・`)
第4巻ではお母さんが危篤に陥りますが、隆太の賭場荒らしなんかもあって、回復に向かいます。ただ、隆太はけっこう出入りが激しいキャラクターなもんで、冒頭でヤクザの手先にされていたのを身体を張ったゲンや勝子の訴えもあって、何とか逃れるのを、賭場荒らしのためにヤクザに追われる身となり、感化院に入ることになります。
第5巻では隆太たちの親になっていた元新聞記者で作家の平山さん、お母さんが相次いで亡くなります。この時、母の死体を背負って東京へ行き、ヒロヒトに謝らせようとするゲンを浩二が止めたのは、基本、あんまりいいところのない長兄の唯一の見せ場な感じです。いや、第1巻から、非国民と言われるのが嫌で父親の猛反対を押し切って出征したり、帰ってきてもあんまり稼ぎないし、母の病気のために九州の炭鉱に行っても飲んだくれているし、後の巻で恋人と結婚したいんだけど、ゲンと昭がいるからとうだうだ… 結局、昭は大阪へ商人の修行に、ゲンは隆太たちと同居で、めでたく結婚以降、出番がまったくなくなってしまうので、いいところないんですよ。
第6巻ではゲンが第2巻で助けた、姉の英子似の夏江が亡くなります。顔に大火傷を負って、踊り子になる夢を諦めたんですが、ゲンの説得で自殺を思いとどまったものの、第5巻で再登場、再度、自殺まで思い詰めたものの、被爆して両手を失った女性が残った手と足で裁縫をやっているのをゲンから知らされ、勝子と一緒に洋裁店を夢見て頑張っていたんですが…
第7巻では隆太の仲間であるムスビ(本名は勝二というのだが、誰も呼ばないのはなぜか)が死に、隆太はさらなる人殺しに手を染めるものの、勝子の説得により、東京へ逃避行、次いで、前巻で看板屋に就職していたゲンも東京へ。その前に、看板屋の社長で、元職業軍人のおっさんの娘・光子に一目惚れして、つき合うようになったものの、光子も亡くなり、と毎回、人が亡くなり、ゲンたちが打ちのめされ、それでも立ち直るという展開が続きます。
先日見た、「
幻の続編」では、東京に出たゲンが、漫画家のアシスタントとなり、働き出すものの、被爆者へのいわれなき差別を受け、次第に萎縮していってしまう様子を描いたようです。最後は希望を持ってフランスへ渡るようですが。「はだしのゲン」の、わりとパワーを感じる筋立てとはまた違った様子なのかなぁと思いました。
改めて、中沢啓二さんのご冥福をお祈りします。
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