船戸与一著。文藝春秋刊。
カンボジアを舞台に繰り広げられるバイオレンスと破壊、そして夢と創造の物語。
たきがは的に船戸与一さんの最高傑作は「山猫の夏」であります。南米を舞台に繰り広げられる冒険は、憎み合う2つの一家のいがみ合いからアマゾンに住む現地住民の壮大なロマンとなり、日本人・山猫に偶然遭い、強制的にその旅路につき合わされた日本人青年・俺のビルドゥングス・ロマンともなり、絶対的な強さとぶっとい信念を抱いた山猫の魅力とも相俟って、最初から最後までなにしろ飽きさせません。いやいや、この傑作を前に「飽きさせない」とは控えめな言い方であります。なにしろ最初から最後までおもしろい、日本の冒険小説において、燦然と輝く金字塔と言っても過言ではありますまい。
で、この「夢の荒れ地を」でやんす。
カンボジアという国が抱く闇、そこに金を出し、日本が国際協力したという形を残せばいいという欺瞞、その暗さに暗澹とした気持ちになりながら、自分自身の信念のためにカンボジアで行方を断った旧友・越路修介を捜して訪れた楢本辰次は、クメール人の通訳兼運転手として英語教師のヌオン・ロタを雇う。修介の足取りを追ううちに、辰次とヌオンは、カンボジアの子どもたちを食い物にする人身売買について知るようになる。その一方で、カンボジア子供塾を運営し、識字率を高めようとする日本人、丹波明和、元クメール・ルージュの兵士であり、現在はサソン村の村長を務めるチア・サミンといった人物も修介と関わっており、複雑に絡み合った糸はやがて彼らを結びつけ、思いがけぬ運命に導いていく。
最初、主人公が楢本辰次という現役自衛官だと思ってたんですが、話が進むうちにチア・サミン、丹波明和に視点が切り替わっていったので、この3人が狂言廻しになるようです。で、真の主人公は越路修介という元自衛官でないかと思うんですが、あるいは内戦が終わり、新しい国造りにもがくカンボジアという国自体が主人公と言ってもいいかもしれません。
残念ながら上記の「山猫の夏」とかもう1つの傑作「猛き箱舟」といった、ぎらぎらするようなバイオレンスとビルドゥングス・ロマンの見事な融合は見られませんが、楢本辰次のラストでの「2年後にまたカンボジアに来る」という変わり方は、その名残を彷彿とさせなくもありません。
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