「水俣の図」は「原爆の図」で有名な丸木位里さん、俊さんご夫婦の書かれた大作(270×1490cm)である。そのレプリカが会場にあった。本物は埼玉の丸木美術館にあるが、前に行った時は「原爆の図」を見るのが目的だったので、あんまり覚えていない。
描かれた人物像は実に300名近く、墨を7色に表わしてみせるという位里さんの、絵を破壊しかねないような墨の流し方、載せ方、置き方、塗りつぶし方と、人物の主線を全て描いた俊さんとの合作過程を写したメイキングビデオが流れていた。
墨で描かれた人物に位里さんが薄墨で色をつけ、また俊さんが描線を足す。その繰り返しの作業と、海の群青色、焼かれた炎を表わす赤色以外には墨の無数の濃淡が表わす世界は、そこここに「水俣」を象徴するディテールの数々。
原爆が落とされた後の広島に行って「原爆の図」を描かれたように、水俣に行って描かれたほかならぬ水俣がそこにある。
その深い魂の叫びを聞け。人間の尊厳を奪われた、声なき声の怨みを聞け。胎児性患者さんの一人が、母親に抱かれたまま歳を取り、初潮を迎えたと聞いて、俊さんはこの絵を描きながら1度だけ泣いた。
あれほどの死者と病者の数を描きながら。水俣に深く入り込んでしまった俊さんは、我がことのように深く水俣に関わってしまったことで、逆に泣けなくなってしまったのかもしれない。なんて思った。
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