セルゲイ=ボロドフ監督。浅野忠信主演。アカデミー賞の外国語映画賞にノミネートされたので知ってる人は多かろうと思う。スタッフ見る限り、ロシア、アメリカ、ドイツの合作か? しかしこの国家でなぜチンギス=ハーン? なんでモンゴル? なんで浅野? 公式サイトは
こちら。
イェスゲイ=ハーンの息子、テムジンは、父が強奪したメルキト族でなく、途中で立ち寄った弱小部族の娘ボルテを妻に選ぶ。その帰り、イェスゲイは宿敵タタール族に対して慣習を守ろうとして殺され、父の部下だったタルクゲイは残されたテムジン一家を裏切り、自らハーンを名乗り、テムジンを殺そうとさえする。しかしテムジンはテングリ(天の神)の加護もあってか生き延び、さらに自分を助けてくれた少年ジャムカと盟友となりさえした。23歳になったテムジンはようやく妻ボルテを迎えることができたが、メルキト族にさらわれてしまう。テムジンはジャムカの助けを借りて妻を取り返すが、戦利品を部下に分けたことでジャムカの腹心の部下2人を奪うことになり、ジャムカとのあいだに溝が生じてしまう。さらにいまだテムジンの命を狙うタルクゲイがジャムカの力を借りてテムジンを襲い、テムジンはタングート王国に奴隷として売られてしまった。6年間の幽閉生活を助けたのは妻のボルテだった。その後、モンゴル統一を目指すテムジンに共感して人が集まり、モンゴル人の雷を恐れるという特性を戦略に生かしたテムジンの機知もあり、テムジンは宿敵タルクゲイを討ち、アンダ(盟友)としてジャムカを追放する。その後、テムジンは全モンゴルを支配するチンギス=ハーンとなり、世界の半分を支配することになるのだった。
ええと、たきがは個人的にはチンギス=ハーンものではやはり、「
チンギス=ハーン」が好きなんで比較して見てしまうわけですが、なんていいますかね、タングート王国に囚われてるのは蛇足のエピソードなんじゃないか、という気がします。それよりも、ラスト、一大勢力となったテムジンとジャムカの戦いというスペクタクルシーンはばっさばっさと血しぶきはあがるわ、弓は容赦なく貫くわという戦闘で、見ていてかなり迫力があったと思いますんで、こういうシーンがあと1回ぐらいあっても良かったんじゃないかと思います。となるとほかに小規模な戦闘が2回あるので戦闘ばっかになっちゃうか。でもどっちか削ってもいいんじゃね。
なんでかっていうと、話が冗長すぎるんす。なんちゅうかな、1つ1つのシーンを丁寧に描くのはいいんですよ。でも、この監督が「モンゴル」というタイトルで、何を撮りたかったのか、何を言いたかったのかがどうにも伝わってきません。あのですね、「
チンギス=ハーン」という映画は、初のモンゴル本家本元で撮ったチンギス=ハーンものなんです。ただ、モンゴルという国は映画にそれほど長けているわけじゃない。ハリウッドやヨーロッパみたいな伝統とか力、インドみたいなパワーとかないと思いますんで、演出とか拙いなぁと思うところも多々なくはないんですけど、あのね、あの映画の伝えたいことは民族の英雄チンギス=ハーンそのものなんだってことがよくわかるんです、確か。ただ、たきがはもそろそろ記憶が曖昧になってきましたんで、比較のためにいい加減に見ようと決心しましたが、いちばん最初に映画館で受けた感銘を、うちのテレビで受けられるとは期待してませんので、そこらへんは割り引いて考えなきゃいけないかなと思うんですけど、確か、あの映画の目的ははっきりしとったんです。だから、わしは狂言廻しで最後にはチンギス=ハーンの死を秘すために殺されてしまったチョルーゲンに感情移入して見とったもんで、ラスト、そのチョルーゲンが霊になってまでチンギス=ハーンに従うという演出にはぼろ泣きさせられました。あの感動が2回目も得られるとは限りませんからねぇ。ですが、この映画はテムジンが裏切り者のチョルーゲンを捕えるところからチンギス=ハーンとなり、死んでいくまでを3時間近くの長丁場とはいえ、堂々と描ききっておりましたよ。いや、好きだから贔屓目かもしれんけど。
だから、冒頭の感想に戻るんですけど、ロシア、アメリカ、ドイツという、アメリカ以外はいわば、チンギス=ハーンの世界征服の被害者というか敗戦国の人々が、チンギス=ハーンの映画を撮るにあたって何を言いたかったのか、そもそもなんでチンギス=ハーンの映画を撮るのか、さらにはなんで浅野忠信という日本の俳優を主役に据えたのかということがわからんかったわけです。ただ、たきがはは浅野忠信氏のファンですんで、彼が主役だっていうんで「モンゴル」見に行ったことは正直に白状しておきます。ついでに言うと、水曜日といういかにもプー太郎的な日を選んだのもれでーすでーで安かったからです。
音楽も、公式サイト言ったら冒頭にムービーというか予告編ぽいものかかりますけど、なんちゅうかスペクタクルなんですよね。もうど迫力というんですか、太鼓の音がどんどんと勇ましい格好いい音楽がかかるんですけど、実際にはそういうシーンて少ないんす。まぁ、全編そういう音楽ばかり流れていたらそれはそれで疲れますんで緩急あるのはいいんですけど、なんというかな、もう大スケールのど迫力のスペクタクルロマンとでもいいましょうか、なんかB級ちっくな言い方ですけんど、そういうのを期待していったのに、もうちっとこじんまりしたものを見せられちゃったというかさ。
うーん、子ども時代が長かったのかなぁ。ボルテの強引な逆プロポーズとか、それで嫁選びしちゃうのとか、そこらへんはしょって、いきなり浅野のが良かったのかなぁ。でもイェスゲイおとっつぁんの死はなんか重要だと思うし、ジャムカもいきなり「アンダ」とか言われても困るんだけど、そのわりにテムジン、囚われてんのにいきなり逃げ出してるし(大人時代の方はまだちゃんと見張りぶっ殺して逃げてるんで整合性はあるんですけど)、枷はテングリに祈ったら次のシーンでは取れてるし。ボルテは2回もさらわれてるし。
チンギス=ハーンに限らず、人の一生を描こうと思ったら、それなりにどこを取るか決めないと映画になりません。だから征服王としてのチンギス=ハーンを省いて、そこに至るまでの過程を取ったのはいいんですけど、それならそれで盛り上がるところ、もっと違うような気がするんですよね。ラストのジャムカとの戦いは盛り上がるんだけど、なんちゅうかな、やっときたかって感じでしたもんね。
ジャムカ役の男優さんは、「初恋の来た道」にも出演されてたそうだ。うーん、どの役だったっけ?
浅野忠信氏は全編モンゴル語を話し、相変わらず浅野でありながらテムジンという変幻自在のキャラクターだった。この人が演じるとそのキャラになってるんすよね。だから格好いい時はすごく格好いいし、ださい時はすごください。うまいんですよ。褒めてるんですよ。さらに「私立探偵濱マイク」のTVシリーズに出てた時みたいな無感情の猟奇的な役とか本気でおっかないと思いますもんね。私的ベストは「
地雷を踏んだらサヨウナラ」だ。
正直に白状しますと、たきがは、途中であくびが出て仕方がなかったです。ネタもいいし、役者もいいのに、退屈だということは、やはり脚本と演出が悪いのです。あんまりお薦めしません。
帰り、土砂降りの雨に降られました。いや〜、雨降ると高速って怖いですね〜。なにしろウィンカーがおっつかないんですもん。まさに滝のような雨でしたよ。ところどころ。さらにはなんですか、八代〜御船間で逆送車ありとかで50km/hになってるし。あんまり雨が凄いんでカメラに撮っておこうかと思ったんですが、高速走りながらそれはいくらなんでもやばかろうと思って、SAでもPAでも出遭わなかったんで諦めました。ひどくなったの、水俣方面への分岐点から最初のトンネルくぐってからだったし。
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