監督:林雅行
ナレーション:一青妙
見たところ:横浜シネマジャック
2006年、日本
先日見た「
おみすてになるのですか」の前作です。杉山千佐子さん、90歳。その簡単な生い立ちから始まって、戦災傷害者の会長として、主に名古屋を歩く様を追ったドキュメンタリー。
杉山さんが被災したのは29歳の時。名古屋での大空襲でだった。戦争中、日本全国で150ヶ所もの都市が空襲を受けたそうで、そのうち戦災傷害者は48万人と言われる。しかし、先進国(という言い方を日本にするのはもはや躊躇われるのだが)のなかでただ日本だけが空襲の被害者に補償をしていないという。国家との雇用関係がなかったから(→国家総動員法で国民を軍需工場に駆り出していたので、この否定は成り立たない)、内地は戦場ではない(→東京大空襲で10万人の人が殺された。どんな戦場で10万人が殺されるというのか)という理由により、日本だけが補償を行っていない。
杉山さんはこの映画の30年前、国家による補償を求めて立ち上がり、全国戦災傷害者連絡会を立ち上げて、その会長となって活動を始めた。いまさら金の問題だけではないのだ。国が認めないというそれだけのことで、差別につながる、人としての名誉のために。
「
おみすてになるのですか」でもパワフルに動き回っていた杉山さんだが、ここではまた挫折も味わっている。いつまでも認めようとしない国家に先に倒れる仲間たち、諦めてしまう人びと、自分だけのためでなく同じ戦災傷害者のために戦っているのに心ない言葉をぶつけられることもあったろう。悔し泣きをもらす杉山さん。「自分が倒れたら、誰も後は継いでくれない」と断言する杉山さん。
杉山さんをそこまで動かすのは何なのだろうと思った。杉山さんはクリスチャンで、傷を負った時に「信仰に助けられた」と言っている。けれどそれは戦い、怒りへの原動力とは思えない。確かにクリスチャンとして祈るシーンもあるけれど、そこまで宗教的なものは感じさせないからだ(十字架下げてるわけでもないし)。自分たちが死ぬのを待っているのだろうと言う国家への怒り、人びとの理解のない蔑視への怒り、「死ぬのを待つのならまだ生きてやろう」と言う、それだけでは説明しきれない何かが、90歳になった杉山さんを支えているのだとしたら、それは戦いの途半ばで倒れた鈴木さん夫妻(杉山さんが片腕とも頼んだ元副会長。肝臓癌で死去)がいつも側にいると言うように、それこそ、絵空事のような亡くなった仲間、同志が杉山さんを支え、戦いに駆り出しているのかもしれない。
「
おみすてになるのですか」で書き忘れたんだけど、わしが子どもの頃って、いわゆる傷痍軍人が乞食のように物乞いしている姿をお祭りなんかでよく見た。失った手足をことさら目立つようにして道ばたに座っているのを見て、うちの両親は決して金を恵んだりしなかったものだが、あの人たちは軍属だから、金をもらっているわけだと知った。国家から金をもらっているのに、なお、ああしてわしらに金を無心する姿を、うちの両親は浅ましいと思っていたのではないかと思う。確認してないけど。逆に国家から一銭の金ももらっていない(ケロイドの治療をするのにも国は「美容整形だ」と称して金を渡さないそうである)戦災傷害者の方々のそういう姿は見た記憶がない。その違いはどこから来るのだろうなぁと思う。
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