趙廷來著。ホーム社刊。
前から作りたいと思っていた人名辞典を作るために1冊5時間かけて、延べ10日間かけて再読しましたが、初読以上に面白かったので主に人物に絞ってだらだら感想です。
好きなキャラクターは女性だと竹山宅(チュクサンテク。宅は結婚した女性の呼び名で、概ね出身地名で呼ばれることが多い。以下、宅とついていたら同様)、李知淑(イ=ジスク)、外西宅(ウェソテク)、男性だと元警官の李根述(イ=グンスル)、廉相鎮(ヨム=サンジン)かなぁと思っていましたが、登場時は端役に過ぎなかったのに、主人公格の金範佑(キム=ボム)のお兄ちゃん、金範俊(キム=ボムジュン)への献身っぷりがあっぱれな李海龍(イ=ヘリョン)もかなり好きです。というか、お兄ちゃんとセットで大好きです。
李海龍は初登場は第3巻。廉相鎮の部下で、宝城(ポソン)のキャップで、烏城(チョソン)のキャップである呉判ドル(オ=パンドル。「ドル」の字は石の下に乙)とともに廉相鎮の部下である河大治(ハ=デジ)とは同じ格ながら、廉相鎮と同じ筏橋(ボルギョ)の出身である河大治とはどうしても出番に差を空けられがちで、登場はするんだけど、呉判ドルと十把一絡げな扱いでした。ところが金範俊が帰郷して、また山に籠もらなければならなくなったパルチザンたちと同行するようになると李海龍がその同行者となり、がぜん、出番が増えます。金範俊は解放前から満州に行っていて朝鮮独立のために戦っていたばかりか、中国共産党の長征にも加わったという歴戦の勇者で、主人公の廉相鎮や金範佑が深く尊敬する人物でもあるのです。実際、出番は多くないながら、北からの兵士たちが北に帰れないことを知って不様な姿をさらすことも少なくないなか、もともと筏橋の出身ではあるものの、いつも毅然とした態度で口数は少なく、しかし話せば作中の誰よりも理路整然としているところは、まさに廉相鎮が憧れた兄貴分を体現していたのでした。
ところが、そんなお兄ちゃん、金範俊にも弱点がありました。というか、パルチザンには宿命とも言える凍傷持ち(しかも日帝と戦っていた頃からだというから筋金入りの古傷)だったのに、冬期の軍の掃討作戦で凍傷が悪化し、とうとう歩けなくなってしまったのです ( ´Д⊂ヽ
本当ならば歩けなくなった金範俊は足手まといなので、怪我人・病人用のアジトに送られるべきでした。というか、金範俊は何度も懇願し、脅し、説得しようとし、頼み込みましたが李海龍はこれをまったく聞き入れず、作中でも「大きい(キャラクターごとの対比図がないため、想像でしかありませんが、廉相鎮もしばしば大きいと語られるため、同じくらいか、れっきとした軍人なので180cmはあるものと想定してますが)」と言われる金範俊を背負って2ヶ月も戦い続けたというのです。
2ヶ月!!! (゚Д゚;) それも平地じゃなくて智異山一帯という朝鮮半島でも屈指の地形の複雑さを誇る山岳地帯を、ただ機動力だけが敵より優れていたパルチザンの戦いぶりにあって、2ヶ月も金範俊を背負って戦い続けた李海龍。しかも戦いの合間には金範俊の手当てもしてです。もはや超人的な活躍ぶりでした。
そんな李海龍は、もともとは地主の息子でした。でも父親のやり方に反発してパルチザンになり、戦い続け、ついには金範俊と一緒に戦死してしまった李海龍。そんな彼の格好良さは、多くのパルチザンたちが死んでいく第10巻のなかでも群を抜いていました。ほんとにこういうキャラに弱いですね、わしも…
んで、パルチザンといったら廉相鎮、敵も味方も誰もが気にせずにいられない、皆の人気者(←違う)、廉相鎮は最初から最後までダントツの登場数で、彼こそがこの大河小説の主人公だとわしは思います。
主人公格という点では金範佑も十分、資格はあると思うのですが(メインキャラのなかで数少ない生き残り組ですし)9巻で失速、人民解放軍から米軍の捕虜になったところで出番ががくんと減ってしまったのは残念でしたが、その分、パルチザンに加わった兄に出番を譲ったと言えなくもありません。
それだけに最初から最後までほぼ全ての章にその名が上がる廉相鎮が主人公に相応しいのではないかと思いました。もっとも後半に向かっても巻ごとに増える登場人物がいっこうに減らなかったところを見ると、作者が本当に主役だと思っていたのは名のあるキャラではなくて、名もなき人びとであったようにも思えます。なので登場人物の索引を作ろうと思って記録し始めたら、1冊だけの登場人物の多いこと多いこと、1ページきりの人物も少なくなく、地主だったり小作人だったり、警察官だったりパルチザンだったり、そんなきら星のような人物はみんな、そこにいるだけの理由を持って登場し、生きて呼吸していて、この物語を彩っていきます。そこにまた名も上がらない人びとが加わるわけで。でも、そんな人びとのなかでもひときわ輝いているのは、徴兵を拒否して山にこもった筋金入りの共産主義者・廉相鎮であり、有名無名の人びとが彼を讃えるのもごく自然に思えるのでした。
それだけに、その廉相鎮が冒したたった1つの過ちといったら、弟・相九(サング)の扱いだと思うわけでして、極悪非道なヤクザ者と徹頭徹尾して描かれる相九ですが、元を正せば父と兄から受けた次男だという差別だったので、わしはどうにも相九が嫌いになれませんでした。むしろ、たまに見せる人間味が好きだったりしました。まぁ、酷いことも酷いこともしてるわけなんですけど… 特に素花(ソファ)と外西宅への扱いは酷すぎるんですが、それでも良心の傷むところを見せる辺りが廉相九の人間臭いところで。そんな相九の姿は、映画で描かれたまんまだと思いますが、こちら(
参考ページは輝国山人さんの「太白山脈」レビューページ)の写真の右の人物が相九(左はアン=ソンギさん演ずる金範佑。ちょっと老けすぎ (´・ω・`))で、こんな感じの人物像が簡単に思い描けるのです。
もっとも、兄と不倶戴天の敵同士になることで相九は生きのびたわけでもあるので、兄弟のお母さん、虎山宅(ホサンテク)にしてみれば、兄弟が殺し合うのも辛いだろうけど、兄弟とも戦死というのも辛かろうと思うので、片っぽだけでも生きのびて良かったと言っていいのか悪いのか… (´・ω・`)
ただ、兄弟運は自業自得もあって泥沼な廉相鎮ですが、パルチザンとの人間関係には恵まれてまして、確か2巻ごろ、同じパルチザンで元教師の安昌民(アン=チャンミン)が、廉相鎮と河大治の交流を傍から眺めていて、「最も美しい人間関係の1つだ」と微笑ましく思っているのを読んでいたわしは、あなたもその一員ですよ、安先生… (´-`).。oO とか思って、さらに微笑ましくなって読みました。
それだけ作者のなかでは重要な人物だったのだろうと思いましたので、ラスト、廉相鎮の首をさらす筏橋警察と、それを取り返そうとする竹山宅、虎山宅、そして2人に加担する相九の姿は、見事なクライマックスでした。なので、廉相鎮の墓参りをして、さらなる戦いを誓う河大治と5人のパルチザン(名前が明かされませんが、絶対に1人は外西宅だと信じてる)たちで終わったのは、どこかで河大治たちの戦いの続きを読みたいものだと思わずにいられないほどです。
んで、ラストの廉相鎮の首を取り返すところから、わしのなかで急激にクローズアップされた竹山宅は、再読したら、いちばん好きなキャラになってました。
もうね、
彼女の鋼のような強さに惹かれて、しかもその性格が災いして行き遅れそうになってた竹山宅に廉相鎮からプロポーズしたって小話まで思い浮かんだ!(←オタクのさが)
パルチザンの女房たちは数々登場します。だいたい外西宅だって、最後はパルチザンですけど、そもそも夫の姜東植(カン=ドンシク)が殺された(相手は廉相九なわけですが…)からパルチザンにこそなったわけで、その前は夫の身を案じる妻に過ぎなかったわけなんですよ。まぁ、たいがいの女房たちがそんな態度なわけで。ほかにもたくさん登場する女房たちとのやりとりがまた楽しいわけでして(特に前半)。そう思った時に
おばちゃんのいい映画に外れなしと思ってる黒澤映画が浮かびまして(「生きる」と「赤ひげ」)、ああ、この小説、好きなわけだわ…と自分の嗜好に納得したのでした。
ところがわりと賑やかしな女房たちのなかで竹山宅の存在は異色を放ってます。まず、彼女は筋金入りの共産主義者の女房であるにも関わらず、
筋金入りの共産党嫌いです。
しかも何かあるたびに警察や戒厳軍にしょっ引かれ、殴られたり蹴られたりする女房たちのなかで竹山宅だけ抵抗します。それも義弟の相九が「珍島犬(確か。気の強い犬に例えたらしい)」とか称されるぐらい、噛みつきのひっかきのと激しい抵抗です。それも亭主の廉相鎮を口汚く罵るというおまけまでついてます。そうでなくても作中の舞台、全羅南道(チョルラナムド)訛りは、けっこう下町言葉っぽくて、粗っぽくて、猥雑なのです。それを女性の竹山宅が言うものですから、まぁ、彼女の登場するシーンだけ訊問(だけじゃない場合多し)してるのがどっちだかわからないくらいの勢いです。最初から最後まで。
ところが、こんな夫婦の子どもたちですが、素直に父親を慕い、母を支えようとけなげです。もう第5巻辺り(確か)で徳順(トクスン。姉)と光祚(クァンジョ。弟)が2人きりで堤防(日本人が築いた中島堤防)を歩いていて、2人しかいないと言うので母に禁じられているけど「父ちゃーん」と叫ぶシーンは涙なしには読めません。
そんな子どもたちを育てた竹山宅が、心から夫を憎んでいるとは思えないじゃないですか。それもこれもみんな、子どもたちと自分を守るためだと気づいたら、彼女はがぜん、魅力的に思えました。もうその強さがあの廉相鎮をして、と思いました。
と、李海龍と廉相鎮夫婦のことしかほとんど書いてないのにやたら増えたので、この項、続く(爆
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