J.P.サルトル著。安堂信也訳。岩波新書刊。
twitterでまわってきたので読んでみましたが、内容以前にTLされてた「日本人の朝鮮半島の人びとへの感情と似ている」という感想は的外れなものだと思いましたが、俺の勘違いだったっけ?
キリスト教以前から主にヨーロッパを中心に広がる反ユダヤ主義と、たかが一国内の隣国への負の感情は比ぶべくもないと思いました。つまり、日本人がどうして朝鮮半島の人びとを、あそこまで差別し、負の感情を抱くのかというのは、反ユダヤ主義のような歴史も持たず、宗教的・経済的な背景もなく、むしろ、つい先日読んだ「
関東大震災」からのまた引用になりますが、
「日本の為政者も軍部もそして一般庶民も、日韓議定書の締結以来その併合までの経過が朝鮮国民の意志を完全に無視したものであることを十分に知っていた。また統監府の過酷な経済政策によって生活の資を得られず日本内地へ流れこんできていた朝鮮人労働者が、平穏な表情を保ちながらもその内部に激しい憤りと憎しみを秘めていることにも気づいていた。そして、そのことに同情しながらも、それは被圧迫民族の宿命として見過ごそうとする傾向があった。つまり、日本人の内部には朝鮮人に対して一種の罪の意識がひそんでいたと言っていい。(中略)ただ日本人の朝鮮人に対する後暗さが、そのような流言となってあらわれたことはまちがいなかった」
引用終わり。
の方がよほどしっくりします。
ただ、どちらも差別者であることに違いはないので、共通項はあるのですが、同列に論じるには日本人のそれはあまりに矮小に思えます。
「こうした反ユダヤ主義は、言論の自由の原則によって保証さるべき思想の範疇にははいらないのである」
自由の意味を取り違えた人間が、いまの日本にはなんと多いことかと思います。
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