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されど平穏な日々

日々のつぶやきと読んだ本と見た映像について気まぐれに語るブログ。Web拍手のメッセージへのレスもここ。「Gガンダム」と「ジャイアントロボ」への熱い語りはオタク度Maxにつき、取り扱い注意! 諸事情により、コメントは管理人が操作しないと反映されません。時々、サイトの更新情報など。

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赤いリュックサック

巴里夫著。巴里夫プロダクション発行。

80歳になる著者の復刻シリーズです。その熱意に敬意を払いまして、買いました。懐かしいなぁ、こういう作風。昔の漫画って、今の時期になると反戦とかテーマの漫画が1作ぐらい載ってたりしたもんですが、今はレディコミとかでまとめて特集するぐらいになりましたなぁ。テレビとかもわざわざ流さないし(それなのに、先日、地井武男さんが死んだ時にいろいろ追悼やったのはなんでなんだろう… たいした俳優じゃないと思うんだけど…)。

旧満州からの引き揚げを描いた表題作と、著者自身の体験による「石の戦場」の2本を収録。巻末に収録の後書きを読むと、ほかに2作、戦争に関する漫画を記されたそうなんで、そっちも読んでみよっかな〜

「赤いリュックサック」ぼろぼろのリュックサックを背負った少女の姿をした地蔵にまつわる、旧満州からの引き揚げの悲劇を、陽子という少女を通して描いた作品。最初の緊張感もないような雰囲気はすぐにお父さんの死によって、来る悲劇を予想させます。やがてソ連兵に囚われ、それでも帰国の希望を持ち続けるものの、結局、陽子は死に、日本に帰り着いたお母さんも耳が聞こえなくなってしまいました。お母さんは陽子を模したお地蔵さんを作り、赤いリュックサックを毎年、8月になると替えてやっていましたが、やがて亡くなり、「やがてだれもしらないおはなしになっていくのでしょう」で幕です。
実話で3人の子どもを連れ帰った藤原ていさんの「流れる星は生きている」の凄さがよくわかります。しかし、実際には「赤いリュックサック」のような親子、あるいは「大地の子」のように残留孤児とかの方がずっと多かったでしょう。だからこそ、この作品が発表された時、圧倒的な反響を持って迎えられたのではないかと思います。1970年代というのは、まだまだ戦争の記憶が生々しさを持っていた時代でした。まだ戦傷兵が乞食のように身をさらしていました。

「悲劇ばかりではなく鎮魂も」込められた物語は、きっとお地蔵さんに込められたものなのだと思うのですが、「だれもしらないおはなし」ではあんまり悲しいと思いました。あの戦争がもたらした悲劇を、やはり今の時代にも伝えていかなければいけないと思います。そして、日本人がその悲劇を胸を張って語るには、栗原貞子さんの「ヒロシマというとき」にあるように

〈ヒロシマ〉といえば
〈ああ ヒロシマ〉と
やさしいこたえがかえって来るためには
わたしたちは
わたしたちの汚れた手を
きよめねばならない

だとわしは思います。それは、日本が侵略地に対して行った残虐な行為を今からでも遅くないから謝罪することではないかと思うのです。

「石の戦場」著者の実体験に基づいたという13歳で敗戦を迎えた軍国少年の日常を描いた話です。わりと散文調で、いろいろなことが起こるので、悲劇を前面に打ち出した「赤いリュックサック」に比べると、どうしても評判は悪かったろうなぁと思いました。わしはおもしろかったけどね。手塚先生の「紙の砦」とかも好きだし。

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スケバン刑事

和田慎二著。白泉社刊。

先日の古本祭で買った「スケバン刑事 全22巻 花とゆめコミックス」が届いたので、1巻ずつゆっくり読もうと思ったけど、読み始めたら止まらない止まらない。夜中の2時まで一気に22巻読み通してしまいました。

おもしろいのもおもしろいんですが、何より主人公のサキが好きなもんで、その戦いにはらはらし、その強さに惚れ、その弱さに涙するという1粒で何度も美味しい漫画です。脇役陣も既存の漫画のキャラクターが登場していて、同じ世界を共有しているのは一種のスター・システムってやつですかね。沼先生、けっこう好き。神さんやムウ=ミサよりも。

いずれ解体して、スキャンして、全部取り込む予定で買いました。また堪能しますvv

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グーグーだって猫である

大島弓子著。角川書店刊。

2巻〜4巻を読みました。まぁ、猫エッセイで、エッセイ漫画は一回読んだら十分なわしとしては、二度は読まないだろうな漫画でした。1巻はなかったのよ。

2巻の最初は2匹だった猫が、3巻では4匹になり、4巻の後書きでは13匹となると、まぁ、猫好きとはいえ、よくもそんなに…と思います。

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梁塵秘抄

日本の古典34。小学館刊。

大河ドラマ「平清盛」のメイン・テーマともいえる「遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん」の原典が読みたくて、実家の本棚から引っ張り出してきました。

遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん 遊ぶ子どもの声聞けば わが身さへこそ揺るがるれ

が全文で、まぁ、それだけなんですが。根性で全部、原文も読んだよ! すぐに訳を見たけどな。

成立が平安時代後期だけに、宗教色が濃くて、たきがは、基本、抹香臭いのは読まないたちなもんで、それでも何とか最後まで読みました。

元々は、当時流行っていた今様という、今風に言えば流行歌みたいな感じのを後白河法皇が集めたものです(← 今更な解説)。200年ぐらい流行ったらしいんですが、それで廃れ、現在はほとんど譜も残っていない有様だとか。
そんなわけで、五七五的な読みやすいテンポの詞が多く、これに節をつけて当時の人は歌ったのかなぁと思うと、今の時代の歌も、こうして残ることがあるのだろうかと思ったりしなくもありません。

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わたしのなかの子ども

シビル=ウェッタシンハ著。松岡享子訳。福音館書店刊。

スリランカの女性作家シビル=ウェッタシンハさん(1928年生まれ)が6歳まで暮らしたというスリランカの田舎の村ギントタでの生活を、幼い少女らしい瑞々しい感性で見つめた回顧録のようなエッセイ。挿絵もご本人。

6歳の時に西洋式の教育を受けるために両親とともに首都のコロンボに移住したので1928〜1934年のスリランカの田舎の暮らしを綴っているのだけれど、その時代といったら、ヨーロッパもアメリカも無論、日本も世界恐慌の大渦に巻き込まれ、大変な騒ぎになっていたはずなのに、そうした所謂文明国から遠いスリランカの暮らしはのどかで、仏教と呪術が混在したような宗教的な匂いが多々あるけれど、なんとも平和的で、まるで地上の楽園のような風情であります。
わしは、こういう見知らぬ土地の見知らぬ暮らしとか日常というものが大好物なもんですから、ページをめくるのが楽しくて楽しくて、周りにあるものを豊かな感性で受け止め、見つめるシビルさんの記述は、現代の日本の子どもたちが決して得られることのない得難い体験なのではないかなぁと羨ましくなりました。
固有名詞がまたふるっておりまして、料理ひとつをとっても
アッガラー、モルディブのかつお節、マッルン、ポル・サンボール、ホッパー、ヒールバッ、ジャッガリー、トディ、シーニ・ラブラ、ココナッツ・サンボール、コンピッテュ、キャウン、キリジェー、イラムスシロップ、ゲッコー・エッグ(フーヌ・ビッタラ)、キリバットゥ、アースミ、アティラサ、コキス、アルワ、ルヌミリス、ビビッカン、ヴァンデュ・アーッパ、ウェリタラパ、ピッテュ
果物の名前は
ジャンブ、ナミナン、ゴラカ、バキニ、キララ、ビンロウジュ、ジャックフルーツ、パンノキ、ギラ・アンバ、ウグラッサ、ジャンブ、
道具の名前は
キッロタヤ、クッラ、ワッティ、アテュルパタ、ペネーラヤ、カンバヤ、ゴッコラ、ドーティ、パンチ、ラバーナ、
植物の名前は
キテュル椰子、ウァテュ・スッダ、ボーウィッティヤ、ピンナ、クシガヤ、ランタナ、キンマ、
てな感じで、1つ1つ具体的に描写されているものもあれば、そうではないものもあって、言葉1つをとっても想像力をかき立ててくれるのは、こういう異国情緒あふれるエッセイならではだなぁと思います。

スリランカはとても遠い国ですが、いつか行ける日が来たら、そこにある物をたくさん見てきたいと思わずにいられません。

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