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されど平穏な日々

日々のつぶやきと読んだ本と見た映像について気まぐれに語るブログ。Web拍手のメッセージへのレスもここ。「Gガンダム」と「ジャイアントロボ」への熱い語りはオタク度Maxにつき、取り扱い注意! 諸事情により、コメントは管理人が操作しないと反映されません。時々、サイトの更新情報など。

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プラネットアース

第2シリーズ。7回目。予想どおり見逃した。放送曜日も時間も変えやがった。映像はきれいなんだけどなー。200万トンのオキアミとかオットセイを襲うホオジロザメとか。第2シリーズはこれで終わり。次は来年だって。見られたら見るよ。たぶん忘れてる。たきがは、BGMがわりにテレビかけんし。

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いまのきもち

中島みゆき。たきがはが金を出した最後のみゆきさん関連。最新のアルバム、夜会にいたってはレンタルでさえ聞いても見てもいない。

ラインナップは、1. あぶな坂 2. わかれうた 3. 怜子 4. 信じ難いもの 5. この空を飛べたら 6. あわせ鏡 7. 歌姫 8. 傾斜 9. 横恋慕 10. この世に二人だけ 11. はじめまして 12. どこにいても 13. 土用波。

この中で、「この空を飛べたら」「歌姫」は私的ベスト20に入っているのだが、正直、他の曲は嫌いじゃないんだけど、わりとどっちでもいいというか、なんでいまさら、この歌でアルバム作るの?というか。特にみゆきさんのアルバムは、オリジナルの場合は、最後の方にアルバムタイトル曲や、コンサートだったら、アンコール曲とか、盛り上がる曲が入っているのが常だったんであるが、このアルバムの場合、「どこにいても」と「土用波」ではなぁ。なんで、いまになって「あぶな坂」なのかなぁ。なんで…

だから、アルバムのタイトル、「いまのきもち」って言うのかぁ。

ぶっちゃけ、「あんたたちがどう思おうと、あたしがいま歌いたいのはこの歌なんだからね」ってことだったんかぁ。

そりゃあ、これを歌ってとか、アルバムは毎年新曲でとか、何を歌えの、かにが聞きたいだの、いちいちファンの言うことなんて聞いてられんわな。いくら金を取ってるとはいっても、専属のシンガーじゃないもんな。
でも、金を払うのはこっちなんだから、俺は納得できないと思ったら、金払うつもりないよ? 現にこれが最後になっちゃったよ? 「いまのきもち」って言われたら、ああ、そうですかって引っ込むけど、それに黙って金を払うほど、信者じゃないつもりだもん。俺もまさか、ここまでみゆきさんから気持ちが離れるとは思わなかったけどね。みゆきさんのアルバム、全部手放すつもりになるとは思わなかったけどね。

でも、それは少し、インターネットにも言えるかもしれない。とあるサイトさんをたきがはが気に入ったとしても、どのコンテンツを更新しようと、それはこちらがとやかく言える筋合いではないから。俺はそのサイトさんの、あの記事が好きなんだけど、サイトの管理人さんのやりたいことがその記事とは関係ないことでもしょうがないことだから。個人のサイトさんだったら、なおさら、管理人さんの気持ちが、いつか、俺の好きなあの記事に振り向いてくれることを願って、そのサイトに行ったり、感想書いたりするしかできないよね。インターネットのほとんどのコンテンツは、誰に頼まれたのでもなく、そのサイトさんがやりたいことをやってるわけだから。それは無償な行為だから。
だけど、それを寂しいと思うのはわがままなのかなぁ? やりたいことだけやるのもサイトの場合は長く続けていくこつなのかもしれないんだけど、苦しいことは重々承知してるつもりなんだけど、ちょっとだけ、頑張ってくれないかなぁ、と思ったり。

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「海と空のあいだに」

見に行こうかどうか迷ってたんだけど、今回、会場がうちからいちばん近いんで、滅多に見られるものじゃないし、結局行った。
ら、サイト開設(本当はドメイン取得が正しいのだが、サイト開設の正確な日付を覚えていないのでもういいやということで)(←だめすぎ)5周年記念に素敵なプレゼントをもらった気分です。

企画・制作/風詠の会
出演/武内紀子、荒木ひとみ、園田容子
原作/石牟礼道子「苦海浄土」「みなまた海のこえ」より

涙も出ないような深い絶望と、それでも人は立ち上がらなければならないという決意と、箱の底に1つだけ残っていた「希望」。

石牟礼さんの「苦海浄土」の中でも、第1部「ゆき女きき書」には格別の思い入れがある。東京・水俣展で目を釘付けにされた「震える声で歌った君が代」というビデオに登場した患者さんがモデルになった1本だからだ。
石牟礼さんという方は、患者さんたちにインタビューをして「苦海浄土」を書かれたのでないことは有名だ。手元に原文の書いてある文庫がないのでうろ覚えだが、「だって、あの人たちの心の言葉を写そうとするとそうなるんですもん」と語られたとか。それもそうだろう。石牟礼さんが「苦海浄土」を書き始められたころ、すでに不知火海沿岸には水俣病の兆しがあった。坂上ゆきのモデルである患者さんも言葉を奪われて久しかったのだろうから。
震える声で歌われ、歌詞をよくよく確かめないとそれとわからぬ「君が代」と、高らかに叫んだ「天皇陛下万歳」の言葉は、それまで水俣病のことは名前と、公害病と、チッソの水銀のせいだというぐらいの知識しか持っていなかったたきがはに、水俣病が何であるか、天皇制(という言葉は宮崎学さんに曰く左翼の言葉なんだそうである。すると右翼は何と言うのだろう?)が何であるか、ということをはっきりと表わしてくれたのだった。
これに反論できるものはない。あの1篇のビデオの前に、どんな大義名分も美名も歴史的な事実というやつも、何一つ意味はない。
それほどの重みを持って残されたビデオと、その中の患者さんをモデルにした「ゆき女きき書き」が演ぜられるんだから、思い入れが違う。言葉の重みが決定的に違う。
先日見た「天の魚」と違うのは、あちらがほぼ全編を「天の魚」から取っているのに対し、水俣病の第1号患者発生と言われる1953年から、「ゆき女きき書き」を1本の柱にして、広い題材を取り上げていて、それでいて断続性が感じられないこと。演者が2人いるという強みかもしれない。2人の声は相乗的に世界を広げる。舞台の上では2人でも、3人、4人、無数の人たちがそこに現れる。
それに何より、石牟礼さんの著作に言葉を借りながら、自分の言葉とされた演者の方の話す言葉のリズム感、そう、足りないのはリズム感だった、イントネーションじゃなかった。

言葉の持つ力の強さと、空しさと、また強さをもらって帰った。

ありがとうございます。

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「水俣−患者さんとその世界」

監督:土本典昭。1970年。

水俣・和光大学展にて鑑賞。

ビデオの調子が悪いとかで途中でDVDに切り替えたら、DVDにはチャプターがついておらず(いつのDVDだ。でもみゆきさんの夜会にもないんだよな〜。見たいシーンだけ見られないのって不便なんだけど)、早送りしてたら途中で映像が一時停止がとぎれとぎれに入っておかしいし。ちょっとなんだかな〜な上映。
1970年当時の水俣。監督自らのインタビューだと思うんだが(前に見たドキュメンタリーもそうだったんで)、名前を知ってる方々、遺影の間(やはり土本監督が、水俣・東京展のために水俣病で亡くなった方々の遺影を集められるだけ集めてきて、円形に展示してある部屋。水俣展のラストにたいてい置いてあるはず。円形ということで周囲から「見られている」という錯覚を受ける。必見)で覚えてた(やはり私的に印象を受ける方々とはいるものなので、皆さんを平等に覚えてはいられませんが)故人の方々や遺族の方々が登場。まだチッソの排水は止まってなかったはずなんで、美しい不知火海には毒が流れ込んでいるわけなんだな〜。

砂田明さんの「立ちなはれ」も収録されてた。これが心に響くのは、砂田さんが大阪からか水俣まで患者さん支援のためにカンパを受けて巡礼していったからだろう。ということは、一昨日見た「天の魚」での芝居が浮いていたのは、途中で台詞をだぶるというミスもさることながら、そういう体験が背景にないからなのかもしれない。と言っても、いまの時代、ああした体験は得難いとも思うので、いかに杢太郎のじさまの台詞を自分に引き寄せられるかがあの芝居の鍵になるのかもしれないなぁと思った。

1970年(作中ではずっと昭和を使っていたが、たきがは、和暦は嫌いなんで使わない)というのは、一度忘れられた水俣病が、皮肉なことに新潟水俣病の発生によってまた盛り上がろうとする矢先のことである。残酷に流れた年月を思った。

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水俣・和光大学展

「水俣の図」は「原爆の図」で有名な丸木位里さん、俊さんご夫婦の書かれた大作(270×1490cm)である。そのレプリカが会場にあった。本物は埼玉の丸木美術館にあるが、前に行った時は「原爆の図」を見るのが目的だったので、あんまり覚えていない。
描かれた人物像は実に300名近く、墨を7色に表わしてみせるという位里さんの、絵を破壊しかねないような墨の流し方、載せ方、置き方、塗りつぶし方と、人物の主線を全て描いた俊さんとの合作過程を写したメイキングビデオが流れていた。
墨で描かれた人物に位里さんが薄墨で色をつけ、また俊さんが描線を足す。その繰り返しの作業と、海の群青色、焼かれた炎を表わす赤色以外には墨の無数の濃淡が表わす世界は、そこここに「水俣」を象徴するディテールの数々。
原爆が落とされた後の広島に行って「原爆の図」を描かれたように、水俣に行って描かれたほかならぬ水俣がそこにある。
その深い魂の叫びを聞け。人間の尊厳を奪われた、声なき声の怨みを聞け。

胎児性患者さんの一人が、母親に抱かれたまま歳を取り、初潮を迎えたと聞いて、俊さんはこの絵を描きながら1度だけ泣いた。
あれほどの死者と病者の数を描きながら。水俣に深く入り込んでしまった俊さんは、我がことのように深く水俣に関わってしまったことで、逆に泣けなくなってしまったのかもしれない。なんて思った。

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