趙廷來(チョウ=ジョンネ)著。ホーム社刊。
というわけでキャラ語り続きです。
この長大な物語のなかで外西宅(ウェソテク。他家に嫁いだ女房たちは出身地+宅で呼ばれるようになる。ので作中、同じ土地の出身者が出てくると誰の関係者かややこしくなることも。あんまりいないけど)ほど前半と後半の印象が変わる女性もおりますまい。
パルチザン姜島植(カン=ドンシク)の女房で一人娘の母でもあった外西宅ですが、人民共和国の夢破れ、山に逃げ込んだ夫の代わりに警察や討伐隊に攻められることになり、あろうことか、その豊満な体つきを廉相九(ヨム=サング)に目をつけられ、犯されます。このシーン、映画でも再三描かれるらしく、映画のレビューに「うんざりする」というのを見るのですが、正直、この大河小説の一部しか描けなかった映画においては不要なシーンだったというのがわしの感想です(あんまり覚えてないけど)。というのも、外西宅の夫、姜島植もまた、彼女の身体に魅せられた男であり、その身体を案ずるあまり、勝手な行動をしでかして、同じパルチザンの安昌民(アン=チャンミン)に重傷を負わせ、その結果として、筏橋唯一の医師、全明煥(チョン=ミョンファン)や李知淑(イ=ジスク)を巻き込んだ病院事件を起こさせてしまうし、最終的に外西宅を犯した廉相九を殺そうとして返り討ちに遭い、死去したことで外西宅をパルチザンにさせるという後半に繋がる流れを作り出すんですけど、要するに外西宅がパルチザンになったところまで描かれない映画にあってはこのエピソード自体、ざっくり切り落とした方が良かったんじゃないかな〜と思ったからです。描くならパルチザンになって、襲ってくる討伐隊と丁々発止のやりとりを交わす外西宅の、前半とは打って変わった姿も描かないと足りません。地獄のような日々を経験して、夫の仇であり、自分を犯した憎い廉相九の息子まで産んだ外西宅が、それらを乗り越えての活躍なんですから、竹山宅(チュクサンテク。我らが主人公、廉相鎮の恋女房v)とはまた違った強さを見せるところが魅力的じゃないわけがありません。むしろ惚れる。わしの好みジャストミートなお二人だったりするのでした。子ども向けっぽいマンガ版では夫婦揃って登場しなかったぽいですし。
病院事件はなかなか大がかりな事件に発展します。何しろ医者の鑑とも言える全明煥先生がアカの疑いをかけられ、保釈されるまでと、李知淑先生が、実は廉相鎮(ヨム=サンジン)に負けず劣らぬ筋金入りの共産党員でありながら、その疑いを拷問にかけられつつも見事に払拭してのけるという女の戦いが並行して書かれる様は読み応えがありますし、そこに安昌民のお母さん、申(シン)氏(この呼び方は本名に由来すると思われますが地主クラスの女房にしか使われません)の息子を思いやる心情とかもからんで盛り上がるところなんですよ、ここ。
李知淑先生(小学校や夜学の教師だから)も好きなキャラの一人です。特に病院事件で廉相九の拷問(作中でも屈指のむごさと形容されることが多く、素花(ソファ)を流産させたり、とえぐい。言葉責めと身体責めと両方を駆使するためか)を受けてる最中に、自分の主義を気づかれまいと、ただ安昌民を愛した女としてふるまう李知淑先生の頭の回転の速さに惚れたね、わしは。もちろん、それもこれもアカと知られれば命はないのを承知しているからの策なんですけど、拷問の最中に考えつくって度胸が凄いなと思いました。
その後、李知淑先生は勤め先の学校をクビにされたので徐民永(ソ=ミニョン)の経営する夜学で働くようになりますが、輔導連盟(転向したアカたちで結成された官製の集まり)に加えられたものの、命の危険を感じて権炳柱(クォン=ビョンジェ)警察署長の魔の手から素花やドルモル宅(河大治(ハ=デジ)の女房)ともども山に逃れます。んで、いろいろあって、最終巻でようやく(それまで男女交際は禁止だったため)安昌民と結婚した李知淑先生は、すぐに偽装転向して里に下りますが、けっこう早くにばれちゃって死刑になるところを、安昌民のお母さんの申氏に助けられて無期懲役に減刑になり、廉相鎮が河大治に語ったように、安昌民のように刑務所内での戦いは続いているんだというところが、作中でも理論派に属する二人(どっちも教師だし)なので、容易に想像できて、また凛々しく思えて好きになるのでした。
あと、安昌民のお母さんの申氏は、作中でも唯一の心ある地主として描かれる金思鏞(キム=サヨン。金範佑(キム=ボム)、金範俊(キム=ボムジュン)兄弟のお父さんにして金一族の屈指の実力者)よりもさらに慈愛に溢れる人物なんですけど(地主の女房が軒並み欲の皮の突っ張った描かれ方をするのとは対照的に)、安昌民を心配するあまり、寝つきがちになって出番が5巻くらいでなくなり、10巻で再登場した時には死刑になりそうな息子を助けるために親戚一同を訪ねてまわり、誰からも助けが得られない(息子も廉相鎮の部下として名の知られたパルチザンであったため)ところに、かつて土地を分け与えた小作人の女房たちがその土地を売って金を作り、安昌民と李知淑を無期懲役に減刑できた、という流れは涙なしには読めません。その女房たちだって決して楽な生活をしているわけじゃないんですよ。夫はみんな山に逃げ込んでパルチザンになったというんですから。でも、なけなしの田んぼを売ろうと言ってくれる、遠くの親戚より近くの他人じゃないけど、彼女たちの情の深さがしみる、いいシーンでした。
名前が出たんでついでに書いちゃいますと、徐民永の役割はパルチザンがほとんど絶えた最終巻以降、大事だなと思いました。金思鏞も9巻で亡くなって、心ある金持ちは徐民永だけなんです。これは彼が実践的なキリスト教徒で、共同農場だの夜学だのを経営しているからなんですけど、全明煥医師ともども町に残った最後の良心とも言えるポジションなんですよ、この方。
ただ、作中でも金範佑や孫承昊(ソン=スンホ)に慕われ、先生と頼りにされてきた徐民永ですが、後継者が書かれないのと、それなりに高齢っぽいので、亡くなった後の夜学とか共同農場が心配になるんですけど、そこは大丈夫なんかなぁ… 特に夜学の方は、金がないとか様々な事情で学校に通わせられないパルチザンの子どもたちが行ってるようなんで無事に存続してくれたらいいんですけど。もっとも、徐民永、ただのいい人じゃなくて、やろうと思えば国会議員の崔益承(チェ=イクスン)を落選させるぐらいの影響力を筏橋(ボルギョ)のみならず、うっかりすると宝城(ポソン)郡全域(物語の主要舞台である筏橋はあくまでも邑)とかに及ぼせそうな人物なんで、自分が亡くなった後の備えも万全な気もしないでもありません。
きっと反共捕虜として帰郷した金範佑が、本音を打ち明けられる数少ない知り合いだと思うので長生きしてくれればいいなぁと思いますけど。
で、その徐民永の夜学で働くことになった、作中でも屈指のいい人、李根述(イ=グンスル)さん。農業学校出身でありながら家族を食わせるために警官になって、でも、解放後の全羅南道(チョルラナムド)で、ただ一人、隠れなかったという凄い経歴の持ち主です。何が凄いって、警官といったら解放前、要するに植民地下の朝鮮では日帝と手を組んで庶民を虐める悪い奴だったのです。だから日帝の敗北を知って、人民共和国建国委員会が各地にできて、親日派を罰しようとしている流れのなかで逃げたり身を潜めたりした様はこの小説のみならず、他の小説でも描かれてます。そんな警察官だったというのに逃げなかった! これだけでどれだけいい人なのかわかろうというものではありませんか。
しかも作中では穏健派と言われつつ、上に命じられるままに輔導連盟の参加者を皆殺しにしてしまった権署長に対して、この命令にも反対して誰も殺さなかったんですから、固い信念の人であることもわかります。描かれる人物像は、いたってのんびりしたいい人そうですけど、縦社会の警察機構にあって、上の命令に背くことがいかに大変か、想像するのは難しくないんですから。
もっとも、この件で李根述は警察をクビになってしまい、筏橋で爆弾屋(というお菓子屋)を始めますが、そこを訪れた徐民永にも「警察の仕事よりずっといい」と漏らしてます。実際、滝のような汗をかきながら、子どもたちのために爆弾あられを作る李根述はほんとにいい人なんです。
しかし、そんな人物がお菓子屋をやっているのはもったいないと見抜いた徐民永は、李根述を夜学の教師にスカウトし、一度は断ろうとした李根述でしたが、10巻ではちゃんと教師やってるんで、やっぱり思うところあったんでしょう。徐民永のやり方や方針にも共感したんでしょう。そんな李根述先生がアカの子と虐められ、警察で訊問まで受けさせられて、すっかりいじけてしまった河大治の長男、吉男(キルナム)を迎えに来るシーンは、朴訥とした台詞廻しながら、この人の良さが出まくってて、またしても涙で曇って本が読めなくなったほどでした。
吉男は、とてもいい子だったのです。父を誇りに思っていて、弟の鍾男のためにソリを作ってやったり、お昼ご飯の甘藷を半分に分けたり、担任にもらったお菓子を持って帰ろうとしたり、母親を心配したり、一緒に暮らすことになった素花を慕っていたり。時に「アカの子」と虐められる同級生の女の子を庇ってやったり、もう成長したら、河大治ばりにいい男になるんだろうなぁと思っていたのに、その吉男がいじけてしまった。いじけさせられてしまった、いじけるほど虐められた、その悲しさはこの大河小説を最初から最後まで読んだなら間違いなく共感できるはずなんです。
でも、そこにいい人の李根述が手を差し伸べてくれた。夜学に行けば、きっと似たような境遇の子もいる。徐民永も、もしかしたら金範佑も見守ってくれているかもしれない。そう思ったら、吉男の未来がまた明るく開けたようで、今はお母さんのドルモル宅はいないけど、5年の収監だから、あと数年で憧れのお姉さん、素花と一緒に帰ってこられるでしょう。きっとその時には明るい顔の吉男と、しっかりしてきた鍾男が見られるはず、そう思ったのでした。
4人の語りでまた長くなったんで、「太白山脈」読んだ興奮もまだ収まらぬ(しかも今度は年表作ろうと思ったりしてる)ので、また書こうと思います(爆
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