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されど平穏な日々

日々のつぶやきと読んだ本と見た映像について気まぐれに語るブログ。Web拍手のメッセージへのレスもここ。「Gガンダム」と「ジャイアントロボ」への熱い語りはオタク度Maxにつき、取り扱い注意! 諸事情により、コメントは管理人が操作しないと反映されません。時々、サイトの更新情報など。

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日本大使館前の水曜デモに行ってきた、ほか

ソウルに来たら、いろいろと行きたいところがありまして、日本大使館前の水曜デモもその1つでした。あと前日に行った南楊州総合撮影所とか、ナヌムの家とか… ナヌムの家には予約を入れて、翌日、行くことになってます。あと板門店とDMZも行きたいのですが、こちらはめんどくさがって連絡が遅れたのが10日ほど緊急帰国になってしまいました。ちゃんと確認しようよ俺。

というわけで、今日は日本大使館前に行きます。12〜13時の予定ですが、まだ人はそれほどいません。

1000回のデモをやった記念のプレート。



世界一情けない光景。



警官隊の奥にある工事中の囲いが日本大使館の敷地です。一昨日、遊んだ光化門広場から目と鼻の先の超一等地です。現在は後ろのビルに間借りしてるそうです。それにしても警戒が厳しくて、万が一、わしが大使館に逃げ込まなければならないような目に遭っても、簡単には入れてくれなさそうな感じ…。
何より、外国の警官隊に守ってもらうという姿のみっともなさには涙がちょちょ切れるくらい情けないと思いました。そんなことをして守ってもらうくらいなら、ごめんなさいと誠意を尽くして謝った方がどれほど格好いいかしれません。間違ったプライドにしがみついて謝罪の言葉も出せない馬鹿者の姿です。わしはこういう時、日本人であることがつくづく恥ずかしいです。まったく…。

大使館の向かいの壁は、こんな風に参加者のメッセージで埋め尽くされています。わしも日本語で書いてきました。



木浦(モッポ)でも見た少女の像。



今日は暑いけどマフラー巻いてますが、冬は帽子をかぶっていたり、コートを羽織っていたりと皆さんの厚遇ぶりが涙ぐましいです。
なにしろ人気者なので来た人が記念撮影している隙を狙って撮ったのでした。

デモというより、移動しないので集会と言った方がいいと思うのですが、夏休みに入ったせいか若人のダンスあり、弾き語りあり、演説あり、日本の高校教師の挨拶あり(参院選の野党惨敗にもかかわらず、言ってることはぬるいぬるすぎる!!と思いましたが)と盛りだくさんな内容です。日本のデモとかもさ、こういうのの爪の垢を煎じて飲んで、勉強したらいいと思いますよ。

お孫さんと手を繋いで挨拶されるハルモニ(被害者の方たちをこう呼びます)。



集会が予定より20分オーバーで終わり、お昼を食べたら、今度は戦争と女性の人権博物館へ向かいます。

お昼に食べたきつねうろん。



日本大使館に近いので日本人の客を当て込んで日本風の食堂でしたが、関西のきつねうろんを食べてしまうとただの油揚げは犯罪だと思います…。

水曜デモのあった日は3時開館だそうなので、近所のカフェで時間を潰します。
その時に出てきたゼリービーンズ。



アメリカ産らしく、どぎつい色合いですが、20年以上前のたきがは家ではこれのウォーターメロン(要するに西瓜味)が大人気でした。
懐かしくなって写真を撮るわたくし。フラッシュ焚いたら、色味がいい感じに撮れましたよ。

3時過ぎに向かいます。その途中の坂道。



何か写真だと平坦そうに見えますが、両脇の塀や家の斜めから、けっこう急な坂道なのです。ソウルでは一歩裏通りに入るとこういう地形が多く、釜山も坂道がきついところが多かったです。

内部は「従軍慰安婦」の展示が多かったですが、世界の紛争と女性への暴力というコーナーもありました。しかし何といっても圧巻は被害者の顔写真と命日を煉瓦に刻んだ追悼館でしょう。献花して、次の方のために募金も入れてきました。
日本語の音声ガイドの貸し出しもあったり、32ページにも及ぶ挺対協の新聞も頂いたり、充実した時間を過ごさせてもらいました。
後で弘益大の近くに「ナヌムの家」の監督がカレー屋を開いていると知ったので、寄ってくればよかったと思います…。あの映画でハルモニたちと丁々発止の会話を交わしていた監督が良かったので。

その後、夕ご飯まで時間があるので「シュリ」のロケ地巡りの一環で江原(カンビョン)へ向かいますが、ユ=ジュンウォンとイ=ジャンギルがカートを押して密売人と接触しようとしてイ=バンヒに邪魔されちゃったショッピングセンターはこんな感じに変わってました…。とほほ



クライマックスのサッカーの試合は、この競技場で撮られました。



ジュンウォンとジャンギル、ミョンヒョンが雨に降られて駆け込んだのはここらしいですよ?



泊まっていたのがレジデンスという民泊のようなアパートなんですが、シャワー室の換気扇が壊れていて熱気が籠もって大変暑い上、エアコンが全館しかないのでシャワーを浴びた後に汗だくになります。シャワーを浴びたら、近所のカフェでネットも兼ねて繰り出し、涼んでました。

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南楊州総合撮影所ほか

JSA」の撮影のために作られた板門店のセット、「酔画仙」で使われた民俗村のセット、ほか現在も使われている映画スタジオ併設の見学所です。

なんですが、サイトの案内が不親切すぎで、わし、炎天下で30分も歩きました。送迎バスがあるならあると書いておけくそったれ!!! バスなんか乗らなくたって電車(京畿・中央線ウンギルサン駅)で行けるじゃないか!!!

という感想が真っ先に立ちまして、とぼとぼと歩いて、しかも手前に入り口があるもんで、さらに1kmも歩かされたので、観覧料金払わずに見たけど、30分も歩かせ代じゃ馬鹿野郎。

途中で撮った唐辛子畑。



韓国の唐辛子はニンジンくらいの長さがあります。でかいです。辛いわけだよおっかさん。

陜川(ハプチョン)映像テーマパークもそうだったんですが、どの映画のどのシーンみたいな案内が相変わらずないので、1回しか見てない「酔画仙」の記憶はあんまり蘇りません。村なんで映画に登場した村がそれだったのかもしれませんが、ほかにも何本も映画やドラマを撮っているわけです。こういうシーンで撮影しましたって案内があれば見たことのない映画にも興味を覚えるかもしれませんが、何もないので素通りです。
これはたぶん、現在も使われている撮影所なのでセットとして使うことがあるかもしれないから、そういう時のために下手に看板とかあると邪魔だと思うので最初からないんでしょうけど、だったら公開するなのわかりづらさです。

ちなみに目当ての板門店セットはこちら。



やっぱり炎天下なので、オ=ギョンピルがイ=スヒョクに唾をかけた南北朝鮮の境界線(2つの建物のあいだ。高さ15cmくらいの敷石が連なってます)まで行く気力もありません。実物では北側の領地には入れないので行っておけば良かったと思いますが(特に奥の建物)何しろ暑いので気力が湧きません。

銀杏の木のベッド」があるっていうんで最奥まで行ってみましたが、韓屋はあったけどベッドなんかなかったよ?

もちろん帰りは送迎バスでウンギルサン駅まで行きます。

そう言えば、撮影所に向かう途中で子猫の鳴き声が聞こえまして、自分さえやばいのに、さらに幼い命を引き受けるのは難しく、痛恨の思いで素通りしたら、撮影所の受付に同じような年の子猫がいて、まさか拾われたのだろうか? だったらいいなぁ… ちゃんと飼われているといいなぁ。そういや、ジャガルチでも子猫見たなぁ… orz

ウンギルサン駅から見た空。



晩ご飯に食べた南大門(ナムデモン)市場名物の太刀魚の煮付け。見た目でわかるとおり、むっちゃ辛いです。



太刀魚はやっぱり塩焼きか刺身に限るわい。

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木浦近代歴史館1と2ほか

光州(クァンジュ)の次はいよいよ済州島です。そのために李芳根(イ=バングン)のように木浦(モッポ)から船に乗るというプランですので、朝早い電車で木浦を目指します。まぁ、李芳根が乗ったのは小さなポンポン船(イメージ)で、こちらは大きなフェリーという違いはありますが、そこは気分です。

光州松汀駅。西光州とある方が光州駅へ行く路線ですが、線路はそこでおしまいなのでした。



あと木浦に行くにはKTXという選択肢もあるのですが、値段が倍以上違うので(速さも倍)、たきがはには選ばれなかったのでした。ただKTXの方が本数は圧倒的に多いので乗るならKTXの方が楽です。結局、乗り損ねましたが。

光州からはしばらく霧の多い風景が続きます。どこか日本の農村にも似た懐かしい景色です。



朝一の電車だからフェリーには余裕で間に合うだろうと思ったらさにあらず。タクシーをすっ飛ばしていけば、ぎりぎり間に合ったかもしれない9時発の済州島行きは、たきがはがもたもたしている間に出港しておりました。
そうとは知らずに呑気に木浦駅前の看板を収めるわし。



李芳根が見た光景を想像してみつつ、後でこれは実際の写真を見ることになります。

その後、フェリー乗り場に行ってみたところ、どうも閉鎖中らしい。事情がわからぬわしに日本語の話せるスタッフさんが説明してくれたところによると9時のフェリーは行ったばかりで次の24:00発のフェリーまで乗り場は閉鎖してしまうそうです。夜の9時くらいには開くから、その頃に来いと言われます。
しかし、ありがたいことに15kgの荷物を無料で預かってもらえるというので、わしは木浦駅に戻り(木浦の観光をするつもりがなかったので情報を収集していない)、どこへ行こうか検討します。

観光用のマップ(韓国の大都市にある地図で、おおむねハングル、英語、中国語、日本語が揃った観光用。多少、縮尺が怪しいところはあるけど見ていて楽しく、またわかりやすい。観光立国・韓国の心意気を感じます。ただ1つ難を言うとハングル表記も併記してもらえると実際の表記には日本語も漢字もないことが多いのでありがたいです)を見ていると木浦に近代歴史館が2つあるそうです。近代といったら日本とは切っても切れぬ関係の朝鮮半島。早速、見学に行くことにして、歩いていけそうなので、ぶらぶら出発です。

目印の歴史公園の麓(公園は山頂にあります)まで来ましたが、肝心の歴史館が見つかりません。唐辛子を日干しにしていたアジュマに聞いたところ、目と鼻の先でした。



この量の唐辛子をどれくらいで消費するんだろう…。秋の全国的なイベント、キムチ漬けの時に一気に使うのだろうか?

ここが木浦近代歴史館の1館です。朝鮮半島における日本による収奪の尖兵、元東洋拓殖株式会社・木浦支店の建物ですが、歴史的・文化的な価値を認めてもらい、歴史館として再出発したそうです。



内部は小さいながら木浦の開港の歴史と日本帝国主義による収奪や支配の写真などがメインで充実した展示で、731部隊の資料まであった日には驚きでした。どこの歴史館や記念館もそうですが、自国の歴史を学ぼうとする親子連れのお客さんがいて、近現代史について学校で教えない日本のお寒い実情は、ますます行く末を不安にさせます。

その後、2館の場所を聞いて、ぶらぶらと向かいます。休み時間だったろうに見えるところまで案内してくれた公民館(らしい)のお姉さん、カムサハムニダ! 実際、韓国の人たちは情に厚い方が多く、あちこちで助けてもらいました。わしはそのお返しに、助けられる方を助けました。

2館に向かう途中、お昼に食べたピンス(かき氷)。小豆餡とオレンジマーマレード、アーモンドスライスが載ってる贅沢な逸品。ピンスはどこでも、へたな定食よりよほど高く(5千〜1万ウォンくらい)、その値段の高さで敬遠してましたが、食べてみたら、氷が台湾のかき氷とよく似た細かさで口の中でふわっと溶けます。贅沢に載せられた小豆餡とマーマレードの組み合わせも良く、甘さと酸っぱさのハーモニーはもはやかき氷とは呼べぬ高級なデザートでした。


ちなみに韓国に行ったら、どこの都市でも見かけるパリ・バゲット(行った都市、全部で見た)で夏の名残にと思って食べた苺ピンスはこんなです。


大変美味しゅうございました。

朝鮮瓜もご馳走になって2館へ向かうわし。



甘くないハネージュメロンてところですか。この写真のは、わしが釜山で1個1千ウォンで買ったやつです。

木浦近代歴史館の2館。旧日本領事館です。



昨年末の日韓合意で撤去とか騒がれている少女の像と、そっくり同じ像が2館の麓にありました。



後で調べたら、この像は韓国の各都市で置かれている(しかも現在進行形で増えている)そうで、ソウルの日本大使館前のをどかしたからといって、クソの役にも立ちません。自国が犯した過去の過ちを真摯に反省したらどうですかね。くそったわけが。

内容は微妙に1館とダブることもなく、同量の資料が充実してます。なかなか見応えがあります。1館と2館は離れていますが、どちらの建物も木浦の近代史には欠かせない物ですから、散歩と思って歩きましょう。

さて、途中で見かけた銭湯に入ろうと思いましたが、手元にタオルがありません。しょうがないので、ここら辺で夕食を食べがてら、銭湯に入ろうと思い、タオルを買いに駅前に引き返します。ちなみに韓国ではダイソーも幅をきかせていますが、特に100円均一ではないようです。ただの安めの雑貨店て感じでした。

やっとダイソーを見つけてタオルを買い、銭湯に戻ったのが6時近く。しかし、わしの目前で出てきたアジョッシが無情に鍵をかけます。どうやら夜は営業してないくさいです。しかも、ご飯を食べようにも適当な店がない上、外灯が少なく、いくら韓国とはいえ、我が身の安全に不安が募ります。しょうがないので駅に帰りがてら店を探すわたくし。
その途中で「港こっち」みたいな表記を見つけたので、ぶらぶらと港へ。

結局、夕食に食べたのはヒラメかカレイ(違いがわからない女w)の刺身丼定食でした。



よくわからずにガンギエイ(ホンオフェ。世界で2番目に臭い)を頼もうとしたら、おばちゃんに止められたので、ほんとにこれは玄人向けのようですよ。

刺身丼は普通に美味しかったのですが、刺身はやっぱりわさび醤油で食べたいなぁとも思いました。もう豚+辛子醤油と一緒でDNAにすり込まれてるくさいです。

その後、駅に戻り、バスでフェリー乗り場へ。済州島までは約6時間ですが、個室は売り切れで20人くらいが雑魚寝の部屋以外はお高いスイートしか空いてません。泣く泣く雑魚寝部屋を買い、フェリーに乗り込みますが、乗船時の不自由さが、後に済州島→ソウルに至る際、たきがはに飛行機での移動を決心させたのでした(あと、船+列車の値段と比較)。

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筏橋ほか

さて晋州(チンジュ)から順天(スンチョン)に移動します。そろそろ鉄道に乗りたかったのですが、市外バスターミナルから晋州駅まで行くのがけっこう遠い上、列車は本数が少ないし、荷物も重い(約15キロ!)ので楽に乗れるバスにします。

順天駅前のモーテルに宿をとり、食べたのが順天名物のムツゴロウ鍋です。



味噌の味が強烈だったので生臭さはありませんでした。やたらに骨の多い小魚に唯一、ムツゴロウらしさが残ってたという。

順天駅で列車の時間を調べて(釜山発の木浦(モッポ)行き)、翌日は間に合うように起きます。
順天・麗水(ヨス)の叛乱の資料館とか記念館とかないかと思ったんですが、特になかったので順天の滞在は丸2日です。いいモーテルだったから、もったいなかったですが…。

さて、やってきた列車。


座席はこんな感じ。今日も炎天下のいい天気です。


金範佑(キム=ボム)も下りたであろう筏橋駅。線路側と入り口側。
 

ここら辺から感慨にふけり始めるわたくし。

町全体で「太白山脈(たまには最終巻)」をプッシュしてるので案内も完璧です。


赤い線が、たきがはがたどったルート。太白山脈文学館の見学も入れて、およそ5時間くらい。

駅にあった「太白山脈」の案内(と思われる)の看板。人物の写真が著者の趙廷來(チョ=ジョンネ)さん。三部作の残り「アリラン」「漢江(ハンガン)」も読みたいのですが日本語訳がまだないようですよ…。原文で読みたいなぁ…! 「アリラン」の方は記念館が全羅北道(チョルラプクド)の金堤市にあるそうです。
 

お目当ての太白山脈文学館(リンク先は公式サイトの日本語のページ)は筏橋からタクシーで10分くらい。よく晴れていて暑かったのでタクシーの運ちゃんが持ってた団扇をくれました。カムサハムニダ!



文学館の近くにあった地図。


内部は1万6千枚の直筆原稿に始まり、執筆するに当たっての資料や出版された書籍、執筆に使った筆記具、机、さらには作中に登場する廉相鎮(ヨム=サンジン)たちパルチザンが着ていた服とか、廉相九(ヨム=サング)、河大治(ハ=デチ)、素花(ソファ)の音声イメージ(素花だけ聞けず。俳優さんや声優さんが演技してるんだろうけど、それっぽくておもしろかった。個人的には廉相鎮や金範佑も聞きたかったなぁ)と、なにしろ「太白山脈」にどっぷりつかれる文学館です。3階には図書館もありまして、見たいと思ってた「太白山脈」の漫画版ほかも置いてあり、思わず、全巻手に取ってしまいました。漫画版はダイジェスト版という感じで、かつ子ども向けかな?

文学館を出ると、今度は生きた「太白山脈」の世界が広がります。まずは金持ちヒョン氏と素花の家。小説の冒頭、素花と鄭河燮(チョン=ハソプ)が出会うシーンです。

  

左の看板は「太白山脈」縁の地に置かれた共通のフォーマットです。炎天下で撮ってるからあいぽんの画面が見えず、切れる…

さらに近くの食堂でお昼ご飯にしましたが、筏橋名物、灰貝のフルコース、しめて2万ウォン。


灰貝はしばらく見とうない…。

文学館の近くにあった看板。


それぞれのスポットに立ってる道案内。数があってありがたい。ここから、なぜか撮る写真が真四角に。どこいじったんだろう…


上の内容は左が「筏橋駅」、右上が「太白山脈文学館」、右下が「花亭里教会」です。

着きました教会。教会自体は架空ですが、現実の筏橋だとここら辺が該当するそうです。
 

今度は左が「金融組合」、 右が「芙蓉橋」?


芙蓉橋の看板と実物。
  

今度は上から「金範佑さんち」、「芙蓉橋」、「自愛病院」だと思います。


金範佑さんち辺りにある個人宅。
 

虹橋。
 



太白山脈通りの看板。gilは2車線以下の狭い道路です(と済州島の市内バスで流れてた番組で解説してた)。


著者のレリーフ。反対から見ると浮き出しなんですが、なぜこの方向から撮った俺…。まるでホラー…。


筏橋の元金融組合、現在は農民相談所だとか。
 

「太白山脈」の地理を地図にするとこんな感じになるんでしょうか。


小説太白山脈文学…と書いてあるらしい碑。


上から「芙蓉山(M1高地)」、「宝城(ポソン)旅館」、「金融組合」。


この後、電車で帰ろうと思ったらお高いKTXしかないことがわかったのでバスで帰りました。バス便、ほんとに便利です。

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日帝強制歴史館

釜山にいる間に絶対に行こうと思ってた歴史館です。

当日は強烈な日射しで建物の写真を撮り損ねました。とほほ…

釜山の地下鉄2号線・大淵(テヨン)駅の5番出口で出て、タクシーを捉まえるのが確実です。近くにUN記念公園とか資料館(下記の建物)があるのでバスも通ってますが、どうも大淵駅からは一本で行けないくさい(反対方面のバスに乗って終点で次のバスを待つ羽目になったので。ただ韓国のバスはたいがい乗り継ぎ料金が30分以内だと無料で済むので長距離乗ったわりには初乗り料金だけで済みましたが)ので、タクシーがお薦めです。あと駅からはかなり外れてる上、小高い山の上にあるし、韓国の山は傾斜が急なので歩いていける距離とは思えません。



内部の展示は韓国語のみで日本語のパンフレットさえありません。確か英文の解説もタイトルだけだった気がします。
正直、日本人の観光客が望めるような歴史館ではありませんが、日本人が犯した罪のひとつとして是非、日本語化を望みます。

ただ、資料自体は日本による物が多いので解説を待たなくてもだいたいのところはわかることが多いので、それなりに充実しています。あと韓国の歴史館は実物大のマネキンによる立体展示、CGによる映像が豊富なので何があったのかはわかりやすいと思います。

この後で新世界デパートにあるスパに行き、さっぱりしました。翌日からは、いよいよ釜山を離れて韓国放浪の旅に出ます。しかし、この暑さ、予想以上にき、きつ…

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