常石敬一著。ちくま文庫刊。
サブタイトルが「関東軍第七三一部隊」とあります。もちろん、それなので、わしも興味を覚えたのですが、たぶん、これもtwitterでまわってきたと思います。
ただ、わしのスタンスとしては森村誠一さんの名著「悪魔の飽食」シリーズが念頭にありますので当然、それと比較して読みますので、点数はかなり辛いです。
というのも、著者の立ち位置が後書きにあるように「最初は部隊の一人ひとりの医者に対して腹が立った。しかし次第に悲しい気持ちになっていった」という、たぶんに加害者にも同情的な書き方をしているせいです。
それで解説を読んで知ったんですが、森村=常石論争というのがあったようで、石井部隊を告発し、加害者の罪状を並べるのが目的のような「悪魔の飽食」と、七三一部隊を通して「戦争とは」「科学とは」「医学とは」を追求しているような本書とは当然、対立するものでしょうが、これは敗戦後の日本人の、自国がなした加害への立ち位置にも共通していると思いました。
わしは、たぶん「悪魔の飽食」を読んだ高校生以降だと思いますが、十五年戦争において、日本が受けた被害だけでなく加害の方にも目を向けるようになりまして、大学を卒業する直前に本多勝一の「中国の旅」などの日本軍の加害を追った一連のシリーズを読んで、原爆とか沖縄戦も確かに興味のある題材だし、決して忘れてはいけないことではあるけれども、そこに向けられる関心と同等以上に、日本がなした加害についても目を向けるべきであると考えるようになっておりました。まぁ、漠然と。そして、そのまま「南京への道」とか読んで南京大虐殺とか三光作戦とかを知ると、当然、興味は植民地となり、強制連行や従軍慰安婦など苛烈な支配を受けた朝鮮半島や、日本に収奪されるだけの朝鮮から逃げ出して日本に来ざるを得なかった在日の人たちに目が向くようになりまして、そんな番組も見るようになったのでした。
今でも忘れられないのは、確か某国営放送のドラマで萩原健一主演、菅井きんさんが在日のおばあちゃん役をやっていたドラマでして、ショーケンの父親が戦中、憲兵隊だったか軍人だったかで、その罪を知るために大韓民国に赴くというあらすじではなかったかと思います。ただ、主役はショーケンの息子と菅井きんさんの孫で、少年たちの国境を越えた友情で終わったような気がしますが途中の展開は、さすがに20年以上も前のドラマなんで覚えてません。今と違ってソフト化もしづらい時代だったしな。
それを観ていたわしに父親が言ったのです。「親父の罪を暴くようなもの観やがって」と。
つまり、それが一般的な日本人の、あの十五年戦争で日本軍がなした戦争犯罪への態度じゃないかと、今は思います。わざわざ国家の恥部、自分たちのご先祖、父親、祖父、叔父や息子の罪を暴く必要はないじゃないかというのが。そして、それこそが、未だに日本人が十五年戦争での戦争犯罪にきちんと向き合えず、国際社会や被害を受けた国々に真摯に謝罪することもなく、信用もされていない理由なんじゃないかと思います。
それは、「
顔のないヒトラーたち」で描かれたようなナチスを徹底的に暴き、その罪状を明らかにするドイツの態度とは対照的です。
そして、やっと本書に話題が戻りますけど、この本の立ち位置というのは、そういう大多数の日本人の感情に、意図的にではなくても沿うものだったのではないかと思いました。
確かに「悪魔の飽食」はセンセーショナルな内容です。写真や絵図も豊富に使っており、誤った写真を引用してしまうという誤謬も犯しましたが、「悪魔の飽食」に勝る七三一部隊について描かれた本というのはなかなかないような気もしてしまいます。と言い切れるほど、わしも七三一関連の書籍ばかり読んでいるわけではありませんが、少なくとも侵華日軍第731部隊罪証陳列館に行った時に
抱いた感想は申し訳ないけれども「物足りない」でした。
本書に抱く感想は、もうちっと違いますが、「怒りよりも悲しみ」という著者の言葉には賛同しかねます。確かに、あの時代に医者となり、七三一部隊に招集されるような立場であったならば、人体実験を拒否するのは難しかったでしょう。ナチスの犯罪がごく普通の人びとによって担われたように、七三一部隊にいた医者たちも我々が現在、診察を受ける医者たちと、そう変わるものではありますまい。
だからといって後の時代に生きる、しかも本書が書かれた時代にはまだ生存していた元隊員もいたこれ以上ない好条件の時代に加害者に寄り添い、「生きている間に口を開いてもらいたい(あとがきより)」では生ぬるいと思うのです。ナチスの犯罪が人類に対する犯罪ならば、たとえ数が圧倒的に少ないとはいえ、中国やソ連、モンゴルや朝鮮の人を犠牲にした七三一部隊の人体実験もまた人類に対する犯罪です。それは寄り添うような、告白を待つような態度では決して真相を暴くことはできないし、責め立てても口を開かせねばならなかったと思います。そうした当事者の証言があってこそ、初めて、我々、後の時代に生きる日本人は「過ちは繰り返しませぬから」と胸を張って言えるのではないでしょうか? もちろん、それは七三一部隊だけに限ったことではありません。
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