監督:ヤン=ウソク
出演:ソン=ウソク(ソン=ガンホ)、パク=ジヌ(イム=シワン)、チェ=スネ(キム=ヨンエ)、ドンホ事務局長(オ=ダルス)、チャ警監(クァク=ドウォン)、キム弁護士(チャン=ウォンジュン)、ユン中尉(シム=ヒソプ)、ウソクの妻(イ=ハンナ)、カン検事(チョ=ミンギ)、パク弁護士(チャ=グァンス)、ほか
見たところ:渋谷ユーロスペース
韓国、2013年
高卒で裁判官になったソン=ウソクは実入りの少ない今の職に見切りをつけて弁護士に転職した上、不動産登記に目をつけ、相手かまわずに名刺を配りまくったおかげで、たちまち売れっ子になる。パク=ドンホを事務局長として雇ったウソクは、恥知らずと陰口をたたいた同業者たちが不動産登記を始めたのを知ると今度は税金専門に鞍替えしたが、その裏には家族を養うために苦労してきた事情があった。しかし、1981年、ウソクの馴染みのクッパ屋の息子ジヌが行方不明になったと知らされ、しかもジヌがアカの疑いをかけられたことを知り、ウソクは大企業ヘドン建設との取引を振ってでもジヌの弁護に奔走する。後に釜林(プリム)事件として知られるようになった読書会事件である。舌鋒鋭くジヌたち9人の学生の無罪を勝ち取ろうとするウソクだったが、1978年の朴大統領の暗殺後、1980年の光州事件を経て、反動化の波が韓国を覆いつつあるなか、警察上層部の仕掛けた国家保安法違反の捏造事件はジヌたちに2年の刑期を与えて幕を下ろす。しかし、この事件を機に人権派の弁護士に転身したウソクは法の専門家として民主化運動の先頭に立つのだった。
というわけで行ってきました「第7回死刑映画週間」。今回の目玉は何といってもソン=ガンホ氏主演の「弁護人」であります。故・盧武鉉(ノ=ムヒョン)大統領が弁護士だった時代をモデルにしたという本作、3枚目なソン=ガンホと2枚目なソン=ガンホを堪能できる傑作でありました。
前半、金儲けに奔走するソン=ウソクが3枚目で後半、ジヌたち9人の学生を助けるために熱弁を奮い、商業高校卒の学歴なんぞ何のその、猛勉強の果てに取得した弁護士バッジが黙っちゃいねぇぜな2枚目です。
ここにたきがはもはまった(韓国でいちばん美味かった料理!)豚クッパ屋の主人スネさんと母一人子一人の息子のジヌとのふれあいが涙をそそり、しかもそれが前半と後半で盛り込まれているもんですから、ここに警察による拷問とかが絡んで盛り上がりも最高潮なわけです。
で、敵側だったユン中尉の証言でジヌたちの無罪を勝ち取ったと思う間もなく、ユン中尉は無断で休暇中の、いわば脱走兵の扱いだったことが明かされて結局、ジヌたちは2年の懲役を喰らうのでした。実際、この釜林事件はもっと長くかかっており、2014年にようやく全ての被告たちの名誉が回復されたという韓国史の暗部でもあります。
しかし映画はここで終わりではなく、ジヌも釈放された後の、たぶん9人のうちの一人が亡くなった追悼集会を主催したウソクが扇動罪みたいな罪で捕まり、裁判になるものの、弁護してくれるのはもともと人権派でならすキム先輩で、さらに釜山の弁護士142人のうち99人が弁護に立ち、その名を裁判長が一人ずつ呼ぶところで幕を閉じてまして、被告席に座らされたウソクが微笑むところで終わりとなってます。かつて金儲けにあくせくしてみんなの鼻つまみ者だったウソクが、いざ有罪となったらみんなが弁護してくれる奴になったという、いってみればウソクの成長物語でもあるわけです。
そこにクッパ屋のスネ母さんとジヌとの絡みが加わるものですから前半から泣かせてくれます。高卒だったウソクは工事現場で働いていました。でも一度、司法試験を諦めて参考書とかを売り払ったのです。その時に偶然入ったクッパ屋で出会ったジヌ少年の勉強する真っ直ぐな眼差しがウソクに勉強することを諦めさせなかった。クッパ屋の代金はおかげで踏み倒しましたが(食い逃げ!)本を買い戻したウソクは改めて本の小口に書いた「絶対に諦めるな!」という文句を見直し、見事、司法試験に合格するのでした。もっともウソクがクッパ屋を再度訪れたのは自分が建てて壁に「絶対に諦めるな!」と刻んだアパート(日本でいうところのマンション)の10階の一室を無理に買ってからのことでした。ここら辺のエピソードの入れ方もぬかりないです。パイナップルを手土産に500万ウォンも上積みしてマンションを買い、すかさず次のシーンでは壁に刻んだメッセージを家族にも読ませる展開が上手いなと思いました。そして、その後、弁護士事務所を開いてから欠かさず通うことになるクッパ屋、スネさんの店を7年ぶりに訪れたウソクはやっと7年前の食い逃げを謝罪することができ、家族ぐるみの付き合いをするようになるのです。ここが前半のクライマックスで、泣いたね、わしゃ。実際にわしは韓国に行った時に韓国のおばちゃんたちの情の厚さに触れています。その実感もあって、スネさんがウソクを抱きしめるシーンはすごく良かったですね。
そのスネさんとジヌが後半でアカの疑いをかけられる、ウソクが奮闘する、その流れがいいのです。特に初っぱな、スネさんが1ヶ月も行方不明になっていたジヌを探して、とうとうウソクに助けを求め(その前にクッパ屋でウソクが友だちと喧嘩して入店禁止を喰らっているので)、警察に行ってようやくジヌを見つけた時、心優しいジヌ(その前のシーンで女子学生たちに朗読してあげてからかわれるところあり)が別人のようにやつれ、怯えているところを見させられたら、スネさんじゃなくても母性本能を刺激されちゃいますよ。しかも、ところどころにジヌが受けた拷問シーンが挿入されます。ここの体当たりの演技と特高を彷彿とさせるチャ警監たちの悪辣ぶりもジヌへの同情を大きくかき立てるわけです。
いや、ほんとに上手いわ、この監督。
作中、国家の手先として悪役を演じるチャ警監の父親が特高だったとカン検事に打ち明けるシーンとか、ジヌたちが被告として着せられたのが「
密偵」でウジンやゲスン、ジョンチュルたちも着せられていたのと同じ青(ウソクは白)とか、植民地時代を彷彿とさせた演出もあって、韓国の暗部に色濃く陰を落としているのはほかならぬ日本だという暗示も良かったです。まぁ、これはわしの深読みかもしれませんが。
映画初出演のジヌ役のイム=シワンくんも可愛かったし、オ=ダルスさんは安定の相棒っぷりだし、脇役まで手堅いのが韓国映画のいいところだなぁと思いました。
チャ警監は「
母なる証明」や「
ベルリンファイル」、「
アシュラ」、「
哀しき獣」にも出てたそうなんですが、うーん… 調べてみたんですけど「母なる証明」はちょい役だったみたいで役がわかりませんでした。「ベルリンファイル」はハン=ソッキュを叱った大統領府の調査官でこれまたちょい役っぽいです。「アシュラ」は英語版で見たから、見た顔だとは思ったんですが、ちゃんと筋を理解してないくさいので見直したいところです。調べたら主人公の弱みを握った検事役でした。「哀しき獣」は大学教授だったそうなんですが… あ、主人公が殺すよう依頼されたターゲットなのに別の人に殺されちゃった役か!
「脱走兵の戯れ言」とか言われたユン中尉は行く末が心配です。せっかく勇気を出して告発したのに。でも、もうちょっと早く言えば良かったのにという気がしなくもないですが、言わなかったよりはましでしょう。
ウソクの先輩弁護士のキムさんは最後はウソクの弁護を担当します。まぁ、ほかに98人もいるのでその筆頭。もともと人権派の弁護士で、「おまえとは理想も目指すところも違う」とウソクに言っちゃうところもありましたが、一回はウソクに釜林事件の弁護を依頼しようとしてました。ただ、この時はジヌが関係していることを知らないウソクは「自分には荷が重すぎる」と言って断り、弁護士を辞めてヨットの選手としてオリンピックに出たいなんて野望を語っちゃってますが、結局、これは潰えたわけですな。まぁ、この時のウソクは無邪気に国家を信奉してますんで、新聞記者になった同級生とも喧嘩することになっちゃうんですけど。でスネさんに塩をまかれるんですけど。
一本で二度美味しい上に細部まで手堅い、ソン=ガンホの新たな代表作にもなりそうな傑作でした。
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