キャロル=リトナー編。滝川義人訳。サイマル出版会刊。
タイトルが「ホロコースト」で、エリ=ヴィーゼル(この本ではウィーゼルとなってますがヴィーゼルのが一般的なようなので)と名前があったんで条件反射で手にしてしまいましたが、もう少し、中身を吟味して借りてくるべきでした。サブタイトルが「エリ・ウィーゼルが問うもの」となってまして、さらに「ノーベル平和賞作家・ホロコーストの体験者」と肩書きがついてますが、原題はもうちょっとシンプルで「エリ=ヴィーゼル、記憶と希望のあいだ」みたいな感じに訳せます。
中身は大変宗教臭い話ばかりで、読み始めてから「しまった!」と思ったんですけど、頑張って最後まで読んだのでした。でもつまらなかったので、ホロコーストよりもアジア(主に朝鮮や中国)の方に目を向けようと思いました。
TLでヴィーゼルが「アウシュビッツとヒロシマ」と言っていて、「ヒロシマの前に南京だろ!」と批判したんですけど、何のことはない、彼らの視界に南京は入ってなさそうでした。
というか、わし、最近思うんですけど、沖縄はもとより、ヒロシマ・ナガサキがあったから日本人って被害者面してられるんだろうなぁと。そして特に白人は南京をすっ飛ばして同じ白人=アメリカ人がなしたヒロシマ・ナガサキに思いを寄せちゃうんじゃないかと。そんな風に感じます。共産主義に傾いた中国や、朝鮮戦争で半島全土を焦土にされ、いまだに分断されたままの朝鮮よりも、とっととずるっこして西側諸国の一員ですという顔をして、アパルトヘイトでも名誉白人なんて扱いをされて得意がってた日本人の被害をことさらに大きく扱っているような、そんな気がしてなりません。
その根っこにはもちろん、3000年間独立を保った朝鮮を、わずか35年間の植民地の後で「自治能力がない」とみなし、国連による分割統治(まぁ、半分くらいはソ連への脅威なんでしょうが)を行ったアメリカ人の差別感、アジア人全体を劣等民族とみなす心情がうかがえてなりませんでした。
だから「ナチズムを倒した最大の功労者は(同じ帝国主義の)アメリカなどではなく、共産主義のソ連だった」というのは大いに肯けるところはあるんですけど、その同じ頃、当のソ連の指導者スターリンがどんだけ殺したかといったらヒトラーも真っ青なわけで、確かにナチスと戦ったんだけど、それでソ連を持ち上げるのもなぁという気持ちになるのです。
そしてアメリカから最新鋭の武器をもらって威張ってたけど、実際に日本軍を食い止めたのは国民党軍よりも八路軍の方だったよねと思ったりもするんです。あんまり関係ないか。
閑話休題。
そういうわけで、大変わし嫌いの抹香臭い話ばかりだったので、神に祝福された(と思い込んでいる)民であるはずのユダヤ人がどうしてホロコーストなどという未曾有の悲劇に遭うのかというヴィーゼルが繰り返す問いは、そもそも
神なんかいねーんだよとしか言いようがないのでした。
そもそも何でわしがヴィーゼルの本を読もうと思ったのかというと、アンネ=フランクの父オットー氏を「ナチスが来た時に生き延びる術を(アンネたちに)教えず、現実逃避ばかりさせていた」と批判していたので(確か。意訳含む)どんなもんを書くのか興味を持ったのでした。でもホロコーストを体験してもやっぱり神がいるんだと結論づけられたヴィーゼルは、本人は幸せだったんでしょうけれど、傍から見てると阿片患者にしか見えないのです。まぁ、それぐらいにはわしは唯物論者だってことなのでした。
あと、わしは、イスラエルを憎むあまり、ホロコースト否定論者を庇ったというノーム=チョムスキーさんを批判してますが、ヴィーゼルのイスラエルをあんまり責めないで「信じる」とかいう中途半端な姿勢も駄目だなぁと思いました。結局、そういう支援者の姿勢がいまのイスラエルに繋がってると思うので。
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