川田文子著。筑摩書房刊。
サブタイトルが「朝鮮から来た従軍慰安婦」。それだけでもう手に取らずにいられませんでした。
沖縄で特別在留許可を得たポンギさんの記事を読んだことで著者は30歳で沖縄の渡嘉敷島に従軍慰安婦として連れてこられ、その半生を知ることになります。
小作人でさえなかった父親、8歳の時に他家に奉公に行かされた2つ年上の姉、母もおらず、3つ年下の弟と近所のお情けでかろうじて生き延びた子ども時代、やがて姉と同様に他家に奉公に出され、ただでこき使われるうちに17歳で結婚、しかし相手の男がだらしなかったために友人と逃亡し、流れ流れて現在は北にある興南(フンナム)へ、そこで女子挺身隊の話を聞き、釜山へ、やがて鹿児島に渡り、沖縄に行かされ、慰安婦として性をひさぐうちに米軍の攻撃で慰安所は閉鎖、本隊と行動をともにするうちにやがて迎えた敗戦。食糧の乏しい収容所時代、そこから始まった放浪、どこにも居着けないままに、また性を売り、荒れた生活の無理がたたって生活保護を申請する段になって初めて定住、その時のことが新聞に載ったわけです。ここまでが第1部。
さらに著者は渡嘉敷諸島(渡嘉敷、座間味、阿嘉)にあった3ヶ所の慰安所を時にポンギさんとともに、時に幼子を抱えて訪ね歩き、日本に連れてこられた女性たちの運命を知ろうとするのが第2部。
そしてポンギさんの生まれ故郷、忠清南道(チュンチョンナムド)の新礼院(シルレウォン)へ行き、戸籍などの手がかりから姉のポンソンさんの行方を捜し当て、ポンソンさんに会って、その報告をポンギさんにしたところで第3部。
なかなかの力作で、取材した範囲の広さを思えば、個人でこれだけ調べ上げるのは大変だったろうと思います。
また著者の眼差しが終始一貫、変わらずに女性として最も酷なことをさせられたポンギさんたちに優しく向けられているのがとても安心して読むことができました。著者にしろ訳者にしろ、そういう方たちへの優越感とか差別感を感じるのはすごく気分が悪いので(
松本清張とか松本清張とか…)。それでも後書きで、ポンギさんが決して明かさなかった母不在の理由について書いてしまったことを「決して許されはしまい。深く頭を下げるしかない」と記したことに作家としての深い業を感じます。
そこはやはり、「ナヌムの家三部作」を撮ったビョン・ヨンジュ監督とは同国人で、加害者である日本人との違いもあるのだろうかと思ったりもしましたが、少なくともポンギさんは過酷な半生を著者に語るほどに信頼してくれていたわけですから、その信頼を裏切った形になることへの謝罪もあるのだろうとも思います。
第3部でポンソンさんを探す著者に、韓国のアジョッシ(おじさん)たちが荷物持ったりして一生懸命に協力してくれる姿に、実際にわしもたくさんのアジョッシやアジュマ(おばさん)たちの優しさに触れているので懐かしくなりました。反日とか、そんな生ぬるいものじゃないんですよ、彼ら彼女らが日本が戦争犯罪についてほおかむりしていることを追求するのは。人としての問題なんです。やったことを謝れというもっと本質的なものなんです。だから、彼ら彼女らはその加害国から来た日本の観光客にも優しいんですよ。中国の指導者(誰だったか忘れた)が言ったでしょう、「日本軍のしたことは忘れないけど日本人は許そう」と。いつまでもそれに甘えてちゃいけないんですよ、わしら日本人は。
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