ホセ=リサール著。岩崎玄訳。井村文化事業者発行、フィリピン双書1。
偶然読んだホセ=リサールの伝記漫画で、フィリピン独立の英雄だと知り、興味を覚えて図書館を検索したら置いてあったので早速読んでみました。
植民地時代のフィリピン。スペイン留学から帰ってきた理想に燃える青年、地主の息子クリソストモ=イバルラに託して描いたフィリピン独立前夜の物語。
教会を信じ、敬虔な信者だったイバルラは、やがて父がその教会によって貶められ、遺体さえも湖に投げ捨てられたと知っても、なお教会こそがフィリピンを導くのだと信じて己の理想を貫こうとしますが、飽くまでもイバルラ父子と対立する教会は、イバルラをフィリブステロ(フィリピンにおいてスペインからの独立を果たそうとする者を指しますが、超反動的な教会によって諸悪の根源と見なされ、神にも逆らう極悪人と信者には吹き込まれていたそうです)として裁こうとするのです。
リサールがこの小説を著した時、教会はフィリピンにおける諸悪の根源でもありました。超反動的な考え方により、スペインからの独立を良しとせず、多くの土地を有して貸し付け、リサールの父も年々上がる賃料に苦しめられます。また精神的に人びとを支配することで世論を誘導することも可能でした。
なので、理想に破れて全てを失っていくイバルラは、フィリピンで銃殺刑に処せられたリサール自身にも重なって見えます。
けれども、この小説が優れていると思うのは、イバルラは主人公であり、作中でも最大の苦難を味わわされますが、しょせんは地主、金持ちなんですよね。それ以上に苦しむ庶民の姿を、2人の息子を持つ母でありながら、謂われのない教会の責め苦により、狂人となってしまったシーサや、元は中流階級の出身でありながら、イバルラの祖父によって貶められたエリアスなども描くことによって、話が大きく膨らんでいくところです。
なので中盤、イバルラをそれと知らずに助けたエリアスが、貧しい人びとの願いを託そうとして断られたシーンなんか読んでると、イバルラの世間知らずっぷりとかお坊ちゃんぶりにイラッとしたりなんかもするのでした。
父祖の仇の子孫であるイバルラを、たった一度、命を助けられたという理由で恨みを捨て去り、命がけで守ろうとしたエリアスは間違いなく、この話のなかではいちばん格好良かったです。
その一方で、教会と同じように権力を持ち、人びとを苦しめていた自衛隊(正規の軍隊ではない)や、イバルラの周辺の人びとなんかも描くことで、その醜さをあぶり出しているところなんか、当時のフィリピンでは危険な書物だったんだろうなぁと思わなくもなく。
それ以上に、多才な登場人物や、フィリピンの習慣とか文化の描写もおもしろかったです。
リサール自身は処刑されてしまったため、フィリピンの独立を見ることはありませんでしたが、その死は人びとを奮い立たせ、革命へと導きます。
たった2ヶ月ばかりの縁でしたけど、無関係とは思えないフィリピンという国の一面をこうして読むことはとても興味深いものでした。
引き続き、リサールの「エル・フィリブステリスモ」も置いてあるそうなんで読むつもりです。
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