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されど平穏な日々

日々のつぶやきと読んだ本と見た映像について気まぐれに語るブログ。Web拍手のメッセージへのレスもここ。「Gガンダム」と「ジャイアントロボ」への熱い語りはオタク度Maxにつき、取り扱い注意! 諸事情により、コメントは管理人が操作しないと反映されません。時々、サイトの更新情報など。

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片倉館

アクセス:JR中央線・上諏訪駅から徒歩8分。中央道・諏訪IC下りて7km。
入館料:大人650円。休憩室あり。ホームページに100円の割引券あり(スマホでも可)
泉質:アルカリ単純温泉
効能:関節痛、神経痛、筋肉痛、五十肩など

「諏訪の千人風呂」と言ってましたが、公式サイトでは100人風呂でした。あ、でもパンフにも「千人風呂」と書いてありますが、百人風呂よりも千人風呂の方が縁起がいいとかの理由で千人風呂なんでしょうきっと。
千人風呂はほかに、伊豆の下田、福島の飯坂温泉にもありますが、飯坂のが大きかったような気がします。

大浴場とジャグジーしかありませんが、大浴場がなにしろ大きいのであんまり不自由しませんが、大きさのわりに洗い場が少ない(蛇口が10足らず)なのがいちばん辛いかも。だいたい大浴場の壁に沿って蛇口があるじゃないですか、たいがいの銭湯とか温泉って。でも、こちらはそこが壁なんで少ない。建物自体が国の重要文化財になっちゃって拡張が望めないので、これ以上、広くならないのでしょうが、入るタイミングには気をつけた方がいいかもしれません。あと、スーパー銭湯なんかでよくやる、蛇口の占拠は御法度です。どこでもそうですが。

牛乳と珈琲牛乳は八ヶ岳乳業だったので、イチゴミルクとかフルーツ牛乳よりもお薦め。

当日の午後3時半ごろの諏訪湖の眺め。中央道を走っていた時に雨に降られましたが、後は無事でした。



入り口の建物。



隣りにもう1軒ある建物はガイド付きの見学は要予約だそうで、そちらが重文なのかもしれない。

片倉館を背に、諏訪湖沿いに右の方へ歩いて行くと、たきがはの大好きな北澤美術館があります。ここにあるエミール=ガレさんの作・ツキヨダケのランプをお持ち帰りしたい!!! 美術館にはとんと食指の動かぬわしですが、ここだけは例外で4回ぐらい行ってたりします…。

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戦争記念館ほか

板門店へ行くまでの暇つぶしにあんまり興味のなかった施設へあれこれと行ってきました。今日は戦争記念館。朝鮮戦争関連の施設かと思っていたら、それだけじゃなく、朝鮮半島が関わった戦争全般について取り扱った施設でした。

地下鉄4号線の三角地駅から1番出口を出るのですが、例によって肝心要の現地近辺の案内が悪く(カーナビに「目的地周辺です。音声案内を終了します」と言われてるような感じ)、裏から入りました。

戦争記念館に隣接したミュージアムウェディングホールって、需要があるんでしょうか? 軍人御用達?

この手の施設は基本、
・戦死者を英霊と讃える
・国連軍は絶対善
・連合軍が朝鮮半島のほぼ全土を焦土にしたことには口をつぐむ
なもんで、そこら辺は割り引いて見学します。

なかなか見応えのある展示でしたが、朝鮮戦争で戦死した「英霊」に爆弾三勇士なるものがいて、どこの大日本帝国だよとめまいがしてしまいました…

こちらはゲームとかで有名な七支刀。実物を見るのは初めてだったので撮ってみた。



前庭に立っているオブジェ。統一という悲願があるためか、どこも手を合わせたようなオブジェが置いてあります。

 

あと前庭の右(入り口から見て)の方に朝鮮戦争で使われた戦車や戦闘機、戦艦などが置いてありますが、あんまり興味がないのでさくっと見終えるわたくし。まだ5時台ですが、9月に入ったら日が短くなってましたんで。

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DMZツアーほか

DMZとは南北国境線の南北2kmの非武装地帯のことです。板門店ツアーと違って服装の規定が少々緩いですが、どちらも韓国の人たちが行けないことに代わりはなく、外国人専門のツアーとなっています。あと非武装地帯といっても国境線沿いですのでパスポートが必須です。

さらに南北間の緊張が募っているせいで板門店ツアーが限られた日数になっており、予約は3日前まで(警備する国連軍に「こういう人が行くよ」とリストを送り、そのリストとパスポートを照合するためらしいです)にしなければならず、行けるのはいきなり1週間後と言われてしまいます。うぇぇ…

たきがはがソウルに宿をとったゲストハウスは、地下鉄の市庁1番出口からすぐという最高のロケーションを誇るんですが、それだけに人気も高いらしく、2泊しかできないと言われてしまいます。
しょうがないので、ソウルの次はいよいよ中国に行こうと思っていたのでルートをあれこれ思案しまして、飛行機ではなく、仁川(インチョン)港からフェリーでも行けるというんで「1泊してる間に移動する」という言葉の美味しさにつられて(実際は2泊になったんですが)、船に乗るのに荷物が重くて大変だったことも忘れてフェリーで行くことを決めます。で板門店ツアーが半日で終わる(1〜2時くらいにはソウルに帰っている)ので、船便との兼ね合いもあり、板門店から帰ったら、そのまま中国に出発という慌ただしい日程となったのでした。だって営口行きのフェリーは火曜日と土曜日しか運行していないもんで、目的地・瀋陽(シェンヤン)(ほんとは撫順(フーシュン)のが便利だったけど列車とかとの兼ね合いもあり、結果的に瀋陽で良かった)に行くには大連よりも営口のがいいと思ったんですけど、この後の営口ターミナルでのすったもんだを思うと大連のが良かったような気がするけど、その場合、出会いもなかったわけなので、まぁ、これは結果オーライということで…。

閑話休題。

というわけでDMZツアーです。日本語のツアーは2人からと言われてしまったので泣く泣く英語ツアーに参加するわたくし。何言っているかほとんどわかりませんが、さんざん「トノ」と言っていたのは「トンネル」のことだと最後で気づきましたよ。

車窓からの風景。二重の鉄条網の向こう側がDMZです。



わしの乗ってったバス。当日はゲストハウスまでお迎えに来てくれて、ワゴン車で移動していたので「何だ少人数かい」と思っていたら、最後はこっちのバスに移りました。で、似たようなツアーがいくつもあるので(板門店に行ったのは別の会社のツアー)間違えないようにと思ってバスのナンバーを撮ったのです。まぁ、結果的には覚えやすい番号だったので間違えようもなかったのですが。



最初に案内された臨津江(イムジンガン)公園から眺めた自由の橋(赤枠内)。青枠内は日帝時代には大陸まで繋がっていた線路。
日本が滅茶滅茶にしてしまったこの国の歴史を思い、やるせない気持ちになります。



上の写真の右の図。こんな風に観光バスがいっぱいいるのです。



臨津江の流れ。川の向こうは朝鮮民主主義人民共和国です。まさに「橋のない川(住井すゑ著)」です。



臨津江公園にある遊園地。ここは朝鮮戦争の前に北から来た人たちが帰れぬ故郷を思って年に1回、旧盆の時にまとまった行事を行う(下の下の写真の赤枠内がそのための石碑)ところだそうで、韓国の人も臨津江公園までは来られるそうです。ただ、曜日によるのか、誰も遊んでいない遊園地というのは寂しいものだなぁと思いました。



日帝時代に使っていた蒸気機関車が飾ってあるエリア。統一を願うメッセージもいっぱい。



日帝時代は繋がっていたのに、今は何も走らない線路が悲しい。



京幾(キョンギ)線は文山(ムンサン)(いちばん左の駅)駅が終点ですが、かつては開城(ケソン)、平壌まで繋がっていたのだよという案内図。現在もDMZ列車ということで都羅山(トラサン)駅まで走っています。限られた人しか乗れないのだと思っていたら、誰でも乗れるそうですよ?



個人で来たら、けっこう見るところの多い臨津江公園。ツアーなんで駆け足です。



第3トンネルで熱弁(ただし英語)を振るうガイドの兄ちゃん。



何となく顔は隠してみました。

JSA」のイ=スヒョク(イ=ビョンホン)とソフィー(イ=ヨンエ)だろうと思われる人形。けっこうあちこちに置いてあります。どうしてスヒョクなんだろうと思ったら、オ=ギョンピル(ソン=ガンホ)は北側の兵士だからなんだな…。一応、主役だし。



第3トンネルというのは北側が掘ったとされるソウル侵攻用のトンネルです。第4まであるそうですが、いちばん長いらしいです。
見学には荷物を預け(通路が狭いから)、工事用の黄色いヘルメットをかぶって下りていきます。高さも身長165cmのわしでさえ、かがまないと通れない低いところがあり、白人さんの多いこのツアーでは大変そうですが、専用のモーターカーで下りることもできるようなんで、徒歩で下りたのはガイドの兄ちゃんの好みかもしれません。兄ちゃん健脚だったし…

内部は撮影禁止で、板門店ほど厳しくありませんでしたが、ガイドさんの言うことは守りましょう。最悪の場合、ツアーそのものが中止になっちゃいます。
板門店のガイドさんが言うには実際、別の理由でツアーが中断されたこともあるそうですんで。南北朝鮮は単に休戦中であり、いつでも交戦状態に巻き込まれてもおかしくない場所だという自覚が必要です。さすがにマイルールの中国人さえガイドの言うことには逆らいませんでした(国内ではもっと凄かった)。

第3トンネルを往復して、へとへとになってバスに戻るわたくし。

その後は都羅(トラ)展望台です。

天気がいいとこんなものが見えるよという観覧ガイド。当日は霧がちな天気だったので巨大な金日成像は見えず…。



京幾線の現在の終点、都羅山駅。



都羅山駅で買える入場券。1000ウォンなり。



龍山(ヨンサン)駅行きのDMZ列車の案内。龍山駅は地下鉄1号線でソウル駅の2つ南です。地方の駅からソウル行きのKTXはこの龍山駅が終点のが多いです。



これが別の日に偶然見かけた、ソウル駅に入ってきたDMZ列車。DMZってラッピングが派手。都羅山駅を発つのが4時なのでソウルには1時間20分で到着です。



上の方の写真と一緒ですが、京幾線の路線図。



都羅山駅のホーム。



ツアーの最後に連れていかれた高麗人参センター。



「トンカス」という綴りで愛されているトンカツ。これは晩ご飯のソースカツ丼ですが、カツ丼も見かけます。おかげでわざわざお高い日本食のレストランとか日本風の居酒屋に行かなくても良かったです。ただ味噌汁は期待しない方がよろしいかと。



中国のビザを韓国で取ることとかも考えて、翌日は中国大使館に行く予定です。

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阿羅漢

監督:リュー=チャーリァン
出演:チー=ミン(李連傑)、(胡堅強)、スマ()、師匠(于海)、ほか
中国・香港、1986年

いわゆる「少林寺三部作」の最後を飾る作品です。もちろん「少林寺」で李連傑ファンになったわしはリアルタイムで劇場に行きました。パンフレットも買ったんですが、手放しちゃったんでキャストが調べきれん…

清代の中国。悪徳総督・フー=スオに両親を殺された北派少林拳の使い手・チー=ミンと、南派少林拳の使い手スマが協力してフー=スオを倒すまでの物語。

「少林寺」から見ていると馴染みの方が多くて、あの人は「少林寺」ではいい役だったとか、三部作全部で悪役の人とか、そういうのもおもしろいです。

個人的には李連傑の女装は貴重だぞ〜と思いましたが、どなたかのブログで「また」と書いてあったんで「少林寺」「少林寺2」でも女装したっけ??? 村娘に扮して、胸には饅頭を入れて、大げさにけつ振って、けっこう楽しそうに演じていたので、見ているこっちも楽しかったです。わりとやさ顔だから、あんまり悪くないけど女装というのは一発でわかりますし。

ラスト、船で総督との一騎打ちかと思いきや、師匠も登場して、最後はヒロインが首をはねるという勧善懲悪な結末は、当時、けっこう話題になっていたようなならなかったような…。

李連傑が淡いロマンスというのも、三部作の最初から見ていると大人になったんだなぁと、本当はわしより年上の方ですが、この時は23歳とぴちぴちの若さなんで、おばちゃん感慨にふけってしまいました。

デビュー作の初々しさも楽しい「少林寺」、アットホームな「少林寺2」と合わせて鑑賞するのがお奨めですv

たんぽこ通信 映画五十音リスト

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柳寛順烈士史跡地ほか

今日は柳寛順(ユ=グァンスン)烈士史跡地の見学です。
前日と同じ400番のバスに乗りましたが、終点まで行っても「ユ=グァンスン」というアナウンスが聞こえません。どう見ても郊外の町でおしまいで途方に暮れるわたくしに運転手さんが「オディヨー?(何処に行くんだ?)」と聞きます。観光センターでもらった柳寛順烈士史跡地のパンフを見せますと運転手さん、そのまま乗っていろと言って(たぶん)、バスを走らせました。本当は終点から1kmくらい歩いて、烈士通りを通るんでしょうが、たきがははずるっこさせてもらって、柳寛順烈士史跡地の駐車場まで連れていってもらいました。カムサハムニダ!

柳寛順さんについて簡単な経歴を紹介しますと、天安市出身のお嬢さんで、ソウルの名門女子校・梨花(イファ)女子大学校の学生さんでもありました。しかし1919年の3・1万歳運動で学校が休校となり、故郷に帰った彼女は故郷でも万歳運動を企画、主導します。4月1日に天安(チョナン)市のアウネ市場で行われたデモには近隣では最多の3000人が参加しました。しかし、日本軍は武器も持たない平和的なデモに発砲し、柳寛順さんのご両親も含めて50人近くが死傷させられた上、主導者として柳寛順さんは憲兵に捕まり、懲役5年を宣告され、先日見学した西大門(ソデムン)刑務所に送られます。
わりと知られているのはこの時に撮られた写真です。眉も凛々しいお嬢さんだなぁと思いましたが憲兵による拷問とか受けていると思うと固く結ばれた口元に意志の強さも見え、弱気なところなんか見せないと思える強気な態度もうかがわれ、その壮絶な死とともに強く印象に残るのでした。
翌1920年、柳寛順さんは3・1運動の1周年記念を祝って監獄内で独立万歳運動を展開しますが、このために拷問を受け、9月28日に18歳の短い生涯を閉じたのです。

入り口にあった記念碑。



その後、記念館を見学し、追慕閣、殉国者追慕閣、記念公園と廻りましたが、烽火台(アウネ市場での独立万歳運動の実施を報せた)と招魂墓への行き方がわかりません。天安市の観光地図を見たところ、生家もちと離れたところにあるようです。観光案内所で訊ねたところ、受付のお姉さんが一緒に付き添ってくれまして、1時間ほど歩きました。カムサハムニダ!

バスで天安駅前に戻り、お昼を食べましたが、天安名物だというクルミ饅頭(ホドゥグァジャ)を食べましたが、最小でも20個入りしか売ってないのは何とかしてください…



翌日はソウルに移動して、今度こそ、DMZ行きと板門店行きのツアーに予約せねば…。←遅いよ!

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